《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(5):718.721,2017cインフリキシマブ治療が奏効した完全型Behcet病の11歳,女児症例高橋良太*1伊野田悟*1吉田淳*2森本哲*3川島秀俊*1*1自治医科大学眼科学講座*2がん研有明病院眼科*3自治医科大学とちぎ子ども医療センター小児科An11-Year-OldFemalewithCompleteTypeBehcet’sDiseaseSuccessfullyTreatedbyIn.iximabRyotaTakahashi1),SatoruInoda1),AtsushiYoshida2),AkiraMorimoto3)andHidetoshiKawashima1)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DivisionofOphthalmology,TheCancerInstituteHospitalofJFCR,3)DepatmentofPediatrics,JichiChildren’sMedicalCenterTochigi,JichiMedicalUniversity当初不全型Behcet病と診断された11歳の女児にコルヒチン治療を開始したが,有害事象によって治療継続が困難であったため,低用量副腎皮質ステロイド薬に切り替えた.その5カ月後,両眼にぶどう膜炎を発症し完全型Behcet病と診断した.コルヒチン治療に不耐,HLA-A26陽性などを総合的かつ慎重に検討し,インフリキシマブ治療を導入した.導入後,主症状4症状と副症状(股関節痛)は改善し,その後再燃を認めていない.小児Behcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ治療の報告は少ないが,非常に有効な治療と考えられ,さらなる臨床経験の蓄積が期待される.An11-year-oldfemaleoriginallydiagnosedwithincompletetypeBehcet’sdiseasereceivedcolchicinetherapy.Thattherapywasdiscontinuedbecauseofadversee.ects,andlow-dosecorticosteroidtherapywasstarted.Fivemonthslater,shedevelopeduveitisinbotheyes,sowasdiagnosedwithcompletetypeBehcet’sdisease.SinceshecouldnottoleratecolchicinetherapyandpossessesHLA-A26,in.iximabtherapywasdeliberatelyintroduced.Sub-sequently,theintraocularin.ammationsubsidedcompletely.Thereareonlyafewreportsconcerningin.iximabtherapyforuveitisduetoBehcet’sdiseaseinchildren.Webelievethatin.iximabtherapyisobviouslye.ectiveandthatfurthertrialsarewarranted.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):718.721,2017〕Keywords:小児ぶどう膜炎,Behcet病,インフリキシマブ,HLA-A26.uveitisinchildren,Behcet’sdisease,in.iximab,HLA-A26.はじめに小児におけるぶどう膜炎患者は比較的少数で,そのなかでもBehcet病患者は日本では稀とされている1).生物学的製剤であるTNF-a阻害薬の一つであるレミケードR(一般名:インフリキシマブ,IFX)は,Behcet病眼病変をもつ患者での治療効果が認められ,より多くの症例に導入が適応されるようになってきている2).生物学的製剤は特発性関節炎や小児クローン病に対して有用性は報告されているが3),小児におけるBehcet病眼病変をもつ患者への使用経験は,いまだ十分とは言い難い.今回,11歳,女児に完全型Behcet病によるぶどう膜炎発症を契機としてIFX治療を導入し,寛解に至った1例を経験したので報告する.I症例患者:11歳,女児.主訴:なし(小児科からBehcet病の眼症状スクリーニング目的).現病歴:5歳前後から齲歯・口内炎を繰り返し,頻回の歯科通院歴があった.〔別刷請求先〕高橋良太:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:RyotaTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke-shi,Tochigi329-0498,JAPAN718(116)表1小児科入院当初(11歳0カ月)の血液検査所見WBC:7,900/μl(うち好中球3,800/μl)赤血球数:451×104/μlCRP:0.72mg/dl,赤血球沈降速度:58mm/hour抗核抗体,抗ds-DNA抗体,抗SS-A,B/RO抗体,MMP-3など正常範囲内HLAA26(+),B51(-)9歳頃まで39℃を超える発熱を月に1回ほど認めていた.10歳時に歯科治療後に毎週発熱をきたし当院小児科初診となった.小児科で経過観察中,舌辺縁の口内炎,小陰唇と肛門部の潰瘍,毛.炎様皮疹,股関節炎を認めた.血液検査では著明な炎症所見を認めたが,自己抗体は陰性であった(表1).HLAタイピングでは,A26は陽性,B51は陰性であった.眼科初診時の所見は以下のとおりである.眼科初診時(11歳4カ月)視力:右眼1.2(n.c.),左眼1.2(n.c.).眼圧:右眼9mmHg,左眼11mmHg.前眼部および眼底に特記すべき所見なく,ぶどう膜炎を示唆する病変なし.Behcet病の主症状のうち3症状(再発性の口腔内アフタ性潰瘍,外陰部潰瘍,毛.炎様皮疹),副症状のうち1症状(股関節痛)が陽性で,不全型Behcet病と診断された.小児科よりコルヒチン(1mg/日)内服が開始された.開始後より悪心・下痢が出現したためコルヒチンの内服を中止し,プレドニゾロン(5mg/日,0.18mg/kg)の連日内服となった.内服開始後,発熱などの症状は軽快していたが,開始から5カ月後(11歳10カ月),両眼の充血と疼痛,羞明が出現した.近医眼科を受診し,虹彩毛様体炎の診断を受けステロイド点眼が開始された.その後8日目に当院眼科を再受診した.眼科再診時の所見は以下のとおりである.眼科再診時:11歳10カ月.視力:右眼0.2(1.2),左眼0.5(1.2).眼圧:右眼12mmHg,左眼11mmHg.フレアメーター値(photoncounts/msec):右眼35.1,左眼18.9.眼底:右眼下方周辺部に軽度ベール状硝子体混濁,左眼耳側に白斑と出血(図1).小児科初診から11カ月,眼科受診から6カ月後に4主症状の発現をもって完全型Behcet病(stageIII)と確定診断された.Behcet病に対する第一選択薬であるコルヒチンは副作用のため内服が困難で,ステロイド薬内服継続としたが,眼症状が出現した.また,視力予後不良因子と報告されているHLA-A26も陽性であったことから,IFX治療(5mg/kgを0・2・6・14週,以後8週ごと)が小児科にて導入された.IFX治療により眼底の出血や白斑は速やかに改善した(図2).ステロイド薬は漸減後中止したが眼症状の再燃を認め図1眼科再診時(11歳10カ月)の眼底右眼:ベール状硝子体混濁をわずかに認める(→)左眼:耳側に白斑,出血などの病変を認める(→).ず,発熱や外陰部潰瘍,口腔内アフタ性潰瘍も消退し血液検査所見も正常化している.最終診察時点(IFX開始後1年3カ月)で視力低下はなく,眼内における炎症病勢はほぼ消退している.II考按今回,11歳10カ月の完全型Behcet病女児にIFX投与を中心とする診療を行う経験を得た.近年,Behcet病患者は減少しており,そのなかでも完全型はより減少している.また,若年男性に重症例が多いとされる4).本症例は,診断が確実な完全型Behcet病が11歳,女児に発症したまれな症例である.コルヒチンの内服が困難であったこと,全身ステロイド薬治療中にぶどう膜炎発症したこと,視力予後不良因子と報告されているHLA-A26が陽性であったことを説明し,家族はIFX治療を希望した.小児科医師らとの慎重な話し合いを経て,11歳10カ月の時点で,IFX治療を導入するに至った.女児は5歳前後から頻発する齲歯・口内炎を自覚し,歯科図2IFX投与後(12歳0カ月)の左眼眼底白斑,出血などの病変は改善している.受診を繰り返していた.11歳時,外陰部・肛門周囲に潰瘍を認め,毛.炎様皮疹,副症状として股関節炎を認め,不全型Behcet病と診断された.その後ぶどう膜炎を発症し,完全型Behcet病と確定診断された.すべての症状が揃うまでにおよそ6年かかったが,10年以上を要し完全型と診断された報告もある10).さらに,口腔内衛生とBehcet病発症に関してはこれまでもさまざまな推測がされているが,今回女児が歯科受診のたびに発熱している経過もBehcet病発症への関与を疑わせるものであった11).Behcet病患者におけるHLA-B51とHLA-A26は,補助検査として役立つことが知られている12).HLA-B51とHLA-A26は互いに独立したBehcet病の疾患関連因子であり,HLA-A26陽性例では陰性例と比較し視力予後が悪いとされる12).本症例はHLA-A26陽性例のBehcet病であったことが,IFX導入する強い契機となった.IFXを含むTNF-a阻害薬の小児への投与は,難治性腸管Behcet病に対する少数例での有効性の報告はあり,重篤な合併症の報告はない5,6).大規模なコントロールスタディはないものの,他施設での臨床経験の報告は散見される7,8).また,小児におけるBehcet病などのぶどう膜炎への投与も症例報告としての情報が散見される程度で,多数例の臨床経過の報告はない9).小児Behcet病へのIFX投与基準は確立されておらず,長期投与による副作用および合併症に注意し,眼症状だけでなく小児科と連携することが重要とされる.IIIまとめ11歳で診断された完全型Behcet病のぶどう膜炎の女児に対し,IFX治療の導入を行った1例を経験した.導入後,主症状4症状と副症状(股関節痛)は改善し,その後明らかな再燃を認めない.小児に対するIFX治療の導入例は少ないが,有効な治療であり,今後,長期経過を含めさらなる症例の蓄積,基準化への検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FujikawaS,SuemitsuT:Behcet’sdiseaseinchildren-anationwideretrospectivesurveyinJapan.ActaPaedeiatrJpn39:285-289,19972)蕪城俊克:Behcet病の新しい診療ガイドライン─ぶどう膜炎の治療ガイドライン.炎症と免疫22:362-366,20143)BredaL,DelTortoM,DeSanctisSetal:Biologicsinchildren’sautoimmunedisorders:e.cacyandsafety.EurJPediatrics170:157-167,20114)YoshidaA,KawashimaH,MotoyamaYetal:Compari-sonofpatientswithBehcet’sdiseaseinthe1980sand1990s.Ophthalmology111:810-815,20045)金子詩子,岸崇之,菊地雅子ほか:TNF遮断薬が有効であった小児期発症Behcet病の2症例.日本臨床免疫学会誌33:157-161,20106)IwamaI,KagimotoS:Anti-tumornecrosisfactormono-clonalantibodytherapyforintestinalBehcetdiseaseinanadolescent.JPediatrGastroenterolNutr53:686-688,20117)Calvo-RioV,BlancoR,BeltranEetal:Anti-TNF-atherapyinpatientswithrefractoryuveitisduetoBehcet’sdisease:a1-yearfollow-upstudyof124patients.Rheu-matol53:2223-2231,20148)TakeuchiM,KezukaT,SugitaSetal:Evaluationofthelong-terme.cacyandsafetyofin.iximabtreatmentforuveitisinBehcet’sdisease:amulticenterstudy.Ophthal-mology121:1877-1884,20149)GallagherM,QuinonesK,Cervantes-CastanedaRAetal:Biologicalresponsemodi.ertherapyforrefractory11)土田満,峰下哲,小此木博:Behcet病(BD)の発症childhooduveitis.BrJOphthalmol91:1341-1344,2007因子としての口腔内連鎖球菌Streptococcussanguisの検10)原田幸児,山口通雅,赤井靖宏:10年以上の経過で症状が討.口腔衛生学会雑誌44:154-160,1994完成した完全型Behcet病の1例.日本リウマチ学会総会・12)KaburakiT,TakamotoM,NumagaJetal:Geneticasso-学術集会・国際リウマチシンポジウムプログラム.53回・ciationofHLA-A*2601withocularBehcet’sdiseasein18回,P217,2009Japanesepatients.ClinExpRheumatol28:39-44,2010***