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Horner 症候群による片側性の眼瞼下垂を発症し 肺癌縦隔転移の診断に至った症例

2022年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科39(5):682.684,2022cHorner症候群による片側性の眼瞼下垂を発症し肺癌縦隔転移の診断に至った症例米田亜規子*1上田幸典*2外園千恵*1*1京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*2聖隷浜松病院眼形成眼窩外科CACaseofUnilateralPtosisCausedbyHornerSyndromethatOccurredDuetoLungCancerMetastasisAkikoYoneda1),KosukeUeda2)andChieSotozono1)1)DepartmentCofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoPrefecturalUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)SeireihamamatsuGeneralHospitalOphthalmicPlasticandReconstructiveSurgeryC目的:Horner症候群は片側性の眼瞼下垂,縮瞳,無汗症を主症状とする疾患で,脳幹梗塞や肺尖部・縦隔腫瘍など致命的な疾患を含むさまざまな原因に随伴して発症する.今回,肺癌治療後の患者において片側性の眼瞼下垂を認め,Horner症候群と診断し全身検索を行ったところ縦隔転移の診断に至った症例を経験したので報告する.症例:62歳,男性.肺腺癌の化学放射線療法後に寛解を得て呼吸器内科に定期通院中,片側性の眼瞼下垂を発症し紹介受診.同側の縮瞳も認め,1%アプラクロニジン点眼試験では眼瞼下垂の改善と同側の明所での散瞳を認めCHorner症候群と診断した.後日呼吸器内科で行った全身検索により肺腺癌の縦隔転移の診断に至った.右眼瞼下垂に対しては右眼瞼挙筋短縮術を施行し,眼瞼下垂の改善を得た.結論:片側性の眼瞼下垂をみた際にはCHorner症候群を念頭におき瞳孔所見や瞼裂にも注意し,Horner症候群と診断した場合には眼瞼下垂の治療のみならず原因疾患の検索も行うことが重要である.CPurpose:TopresentacaseofHornersyndromethatconsistedofunilateralptosis,miosis,andipsilateralfacialanhidrosis,CallCresultingCfromCdysfunctionCofCcervicalCsympatheticCoutput,Ci.e.,CbrainstemCinfarctionCandCaCtumorCofCtheClungCapexCorCmediastinum.CCaseReport:AC62-year-oldCmaleCwithCpulmonaryCadenocarcinomaCinCpartialCremissionCpresentedCwithCunilateralCptosis.CUponCexamination,CipsilateralCmiosisCwasCalsoCobserved,CandCpharmaco-logicCtestingCwith1%CapraclonidineCresultedCinCtheCdiagnosisCofCHornerCsyndrome.CFurtherCclinicalCexaminationCrevealedmediastinalmetastasisofthelungcancer.Conclusion:ThediagnosisofHornersyndromeshouldbecon-sideredCinCanyCpatientCwithCanisocoriaCandCunilateralCptosis,CandCwhenCHornerCsyndromeCisCdiagnosed,CtheCpatientCshouldundergofurtherclinicalexaminationtoidentifytheprimarydisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(5):682.684,C2022〕Keywords:Horner症候群,眼瞼下垂,縮瞳,肺癌,縦隔腫瘍.Hornersyndrome,ptosis,miosis,lungcancer,mediastinaltumor.CはじめにHorner症候群は,眼や顔面への交感神経遠心路が障害されることで縮瞳,眼瞼下垂,眼瞼裂狭小,無汗症などの臨床所見を呈する症候群である1.3).さまざまな原因により発症するが,延髄外側症候群(Wallenberg症候群)などの脳幹部の血管障害,内頸動脈解離,肺尖部腫瘍(pancoast腫瘍)や甲状腺癌,縦隔腫瘍といった致命的な疾患に随伴して発症していることも少なくないため,早期における原因疾患の診断が重要となる2,3).今回,肺腺癌治療後の患者において片側性の眼瞼下垂を発症し,外眼部所見では眼瞼下垂に加えて同〔別刷請求先〕米田亜規子:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:AkikoYoneda,M.D.,DepartmentCofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoPrefecturalUniversityGraduateSchoolofMedicine,465Kajii-choKamigyo-kuKyoto602-0841,JAPANC682(132)0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(132)C6820910-1810/22/\100/頁/JCOPY側の縮瞳と瞼裂狭小も認め,1%アプラクロニジン塩酸塩(アイオピジン,日本アルコン)による点眼負荷試験を行いHorner症候群と診断し,全身検索により肺腺癌の縦隔転移の診断に至った症例を経験したので報告する.CI症例患者:62歳,男性.主訴:右眼瞼下垂.既往歴:肺腺癌(2019年C1月診断,化学放射線療法により寛解後).家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:2020年C5月頃からの右眼瞼下垂を自覚し,同年6月に呼吸器内科から聖隷浜松病院眼形成眼窩外科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼C0.3(1.2C×sph.1.50D),左眼C0.3(1.2C×sph.0.75D(cyl.1.25DAx15°),眼圧は右眼15mmHg,左眼C16CmmHgであった.外眼部所見では右眼瞼下垂を認め,瞼縁角膜反射距離(marginCre.exCdistance1:MRD1)は右眼0mm/左眼3mmであった.また,右瞼裂狭小(下眼瞼縁の上昇),瞳孔径にも軽度の左右差(右眼C2Cmm/左眼C2.5Cmm)を認め,眼球運動は正常であった.挙筋機能(右眼C11mm/左眼C11図1a初診時の点眼試験前右眼瞼下垂および右下眼瞼縁の上昇による眼瞼裂狭小,右縮瞳を認める.右眼瞼下垂の影響で右眉毛挙上(眉毛代償)を認める.mm)には左右差を認めなかった.前眼部所見では両眼に軽度の白内障を認めたが,中間透光体や眼底には特記すべき所見は認めなかった.経過:初診時所見および肺腺癌の既往からCHorner症候群を疑い詳細な問診を行ったところ,右顔面の無汗症も認めた.1%アプラクロニジン塩酸塩点眼による両眼への薬剤点眼試験を施行したところ,点眼C30分後には右眼瞼下垂・眼瞼裂狭小の改善,および明所において右眼瞳孔の散大(瞳孔径:右眼C3.5Cmm/左眼C2.5Cmm)を認めたため,Horner症候群と診断した(図1,写真掲載に対する同意取得ずみ).その後,呼吸器内科での全身検索においてCPET-CTで肺腺癌の縦隔および骨への転移を認め,縦隔転移がCHorner症候群の原因と考えられた.縦隔転移および骨転移に対しては同科で化学療法が再開された.右眼瞼下垂については,化学療法再開からC1カ月後に眼瞼挙筋腱膜とCMuller筋をともに短縮する眼瞼挙筋短縮術を施行することで眼瞼下垂の改善を得た.右下眼瞼縁の上昇や縮瞳は眼瞼下垂術後も術前と同様に認め,肺腺癌の転移に対する化学療法再開後もこれらの症状に変化は認められなかった(図2).化学療法再開からC4カ月後に全身状態の悪化により緩和治療へ移行したが,右眼瞼下垂術からC6カ月後の診察においても右眼瞼下垂の再発は認めなかった.CII考按Horner症候群は眼や顔面への交感神経遠心路のどこが障害されても発症するが,本症例では肺癌の縦隔転移により脊髄から出て星状神経節を通過し上頸部交感神経節に終わる節前線維が障害されて発症したと考えられる2).Horner症候群による眼瞼下垂といわゆる退行性の眼瞼下垂との鑑別には,眼瞼下垂のみならず同側の縮瞳や眼瞼裂狭小4)といった眼所見を見逃さないことが重要である.その他の臨床所見として患側の虹彩異色症5),結膜充血,無汗症などを認める場合もある.また,本症例のように片側性で発症時期が比較的明確であることや,肺癌など全身疾患の既往を認める場合に図1b初診時の点眼試験後(点眼30分後)左眼と比較し右瞳孔の散大(瞳孔不同の逆転)に加えて,右眼瞼下垂と瞼裂狭小の改善を認める.右眉毛代償も改善している.図2眼瞼下垂術後2カ月右眼瞼下垂は改善している.Horner症候群自体が改善したわけではないため,右下眼瞼縁の上昇や右眼の縮瞳は術後も認めている.(133)あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022C683もCHorner症候群の可能性を念頭において診察を進めるべきである.本症例では初診時に外眼部所見および肺癌の既往からHorner症候群を疑い,1%アプラクロニジン塩酸塩点眼による薬剤点眼試験を施行し診断に至った.5%コカインやC5%チラミンによる薬剤点眼試験もあるが,近年では簡便な方法としてC1%アプラクロニジン塩酸塩点眼による評価が行われる6,7).一般にC1%アプラクロニジン塩酸塩点眼はレーザー虹彩切除術や後発白内障後.切開術後の眼圧上昇防止に使用されるCa2adrenergicCagonistである8)が,Horner症候群の場合は,瞳孔散大筋がCa1受容体の脱神経過敏性を獲得していることから同点眼の弱い刺激作用によっても散瞳し,一方,正常眼は点眼に反応しないことから瞳孔径の逆転が起こる9).また,患側の眼瞼下垂および眼瞼裂狭小においても点眼後に改善が確認される.点眼試験ではC1%アプラクロニジン塩酸塩をC5分間隔を空けてC2回両眼に点眼し,1回目の点眼からC30分後に瞳孔径の評価を行い,瞳孔径の逆転が起きた場合に陽性と評価する10).ただし乳幼児に対してはアプラクロニジン塩酸塩点眼後に傾眠傾向や反応低下などを生じたという報告があり11),小児や乳幼児に対してはコカインによる点眼試験がより望ましいとされている3).Horner症候群による眼瞼下垂は,原因疾患に対する早期の治療が奏効した場合には症状が減弱することもあるが,消失しない場合は交感神経作動薬の開大作用を治療に用いたり12),外科的治療を行ったりする.本症例では患者本人が肺癌の縦隔転移を認める状況を鑑みて,化学療法による眼瞼下垂の改善を待たずに手術による可及的早期の眼症状改善を希望したため眼瞼下垂症手術(眼瞼挙筋短縮術)を施行した.眼瞼下垂症手術の術式には眼瞼挙筋腱膜のみを短縮する方法やCMuller筋のみを短縮する方法などがあるが,本症例では眼瞼挙筋腱膜とCMuller筋をともに短縮する術式を選択した.Horner症候群の眼瞼下垂は交感神経の障害により生じるため交感神経支配であるCMuller筋が弛緩しており13,14),これを短縮する必要があると考えられる.また,眼瞼を挙上させる際は,十分に作動しないCMuller筋を眼瞼挙筋で代償する必要があるため,眼瞼挙筋腱膜の短縮も必要と考える.本症例の術中所見では,通常,眼瞼挙筋腱膜の瞼板付着部にみられる眼窩隔膜と眼瞼挙筋腱膜の移行部(ホワイトライン)が頭側へ後退していたことから挙筋腱膜の退行性変化も起きており,眼瞼挙筋腱膜とCMuller筋をともに短縮することで眼瞼下垂の改善が得られた.このようにCHorner症候群に対する眼瞼下垂症手術を行う場合は,Muller筋および眼瞼挙筋腱膜の両者を短縮することが望ましいと考える.Horner症候群では眼瞼下垂や眼瞼裂狭小といった眼所見からまず眼科に受診することも珍しくなく,眼科で適切な診断を行うことにより原因疾患の検索から迅速な診断・治療につなげることができる.本症例では紹介元が肺癌治療を行った呼吸器内科であり,Horner症候群の原因として肺癌の再発転移が第一に疑われたため,内科での全身検索により縦隔転移の迅速な診断および治療に至ることができた.Horner症候群の原因には肺尖部や縦隔の腫瘍のほかにも生命に影響する重大な疾患の可能性が存在するため,眼所見からHorner症候群と診断した場合は,眼瞼下垂の治療のみならず,原因疾患の検索のため他科への適切なコンサルトを迅速に行うことが重要である.文献1)JoanFriedrichHorner:Onaformofptosis.KlinMonats-blAugenheilkdC7:193-198,C19692)原直人:Horner症候群CupCdate.CBrainCMedicalC24:C59-65,C20123)KanagalingamCS,CMillerNR:Hornersyndrome:clinicalCperspectives.EyeBrainC7:35-46,C20154)NielsenPJ:Upside-downCptosisCinCpatientCwithCHorner’sCsyndrome.ActaOphthalmolC61:952-957,C19835)DiesenhouseMC,PalayDA,NewmanNJetal:AcquiredheterochromiawithHornersyndromeintwoadults.Oph-thalmologyC99:1815-1817,C19926)KardonR:AreCweCreadyCtoCreplaceCcocaineCwithCapra-clonidineCinCtheCpharmacologicCdiagnosisCofCHornerCsyn-drome?JNeuroophthalmolC25:69-70,C20057)BremnerF:ApraclonidineCisCbetterCthanCcocaineCforCdetectionCofCHornerCsyndrome.CFrontCNeurolVol.10-55;C1-9,C20198)SugiyamaK,KitazawaY,KawaiK:Apraclonidinee.ectsonocularresponsestoYAGlaserirradiationtotherabbitiris.InvestOphthalmolVisSciC31:708-714,C19909)MoralesCJ,CBrownCSM,CAbdul-RahimCASCetal:OcularCe.ectsCofCapraclonidineCinCHornerCsyndrome.CArchCOph-thalmolC118:951-954,C200010)前久保知行:主訴と所見からみた眼科8-3)瞳孔異常.眼科60:1313-1317,C201811)WattsCP,CSatterfuekdCD,CLimMK:AdverseCe.ectsCofCapraclonidineCusedCinCtheCdiagnosisCofCHornerCsyndromeCininfants.JAAPOSC11:282-283,C200712)北川清隆,柳沢秀一郎,山田哲也ほか:ジピベフリンの点眼が有効であった眼瞼下垂のC1例.富山大医学会誌C17:C27-29,C200613)AndersonRL,BeardC:Thelevatoraponeurosis.Attatch-mentsCandCtheirCclinicalCsigni.cance.CArchCOphthalmolC95:1437-1441,C197714)KakizakiCH,CMalhotraCR,CSelvaD:UpperCeyelidCanato-my:anupdate.AnnPlastSurgC63:336-343,C2009***(134)