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小中学生におけるタブレット端末使用授業時の視距離の検討

2019年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(12):1604.1607,2019c小中学生におけるタブレット端末使用授業時の視距離の検討野原尚美*1池谷尚剛*2*1平成医療短期大学リハビリテーション学科視機能療法専攻*2岐阜大学大学院教育学研究科心理発達支援専攻特別支援教育コースCTheViewingDistanceDuringLeaningActivitiesinSchoolchildrenUsingTabletComputersNaomiNohara1)andNaotakeIketani2)1)DivisionofOrthoptics,DepartmentofRehabilitation,Heisei-iryouCollegeofMedicalSciences,2)DivisionofSpecialNeedsEducation,GraduateSchoolofEducation,GifuUniversityC小中学校という初等教育の現場で,タブレット端末を使用した授業が急速に進んでいる.タブレット端末を授業で使用すれば,教科書のみの授業より近い距離で見ることが習慣になることが考えられ,視覚発達途上にある児童生徒の眼に何らかの影響を及ぼすことが懸念される.そこで,小学C4年生C25名,6年生C31名,中学C3年生C29名,計C85名を対象に,授業でタブレット端末を使用して調べ学習や画像撮影をしているときの様子を写真撮影し,距離測定ソフト(MapMeasure)によって写真から視距離を求め,通常の教科書を読んでいるときの視距離と比較した.iPadを使用して調べ学習をしているときの視距離は,小学C4年生がC23.5±6.9Ccm,小学C6年生がC24.6±8.1Ccm,中学C3年生がC24.5±5.8Ccmであった.どの学年においても,教科書を読むときの視距離よりも近かった(p<0.01).InformationCandCcom-municationtechnology(ICT)教育でCiPadを導入する際には,教科書のみの時代よりも近い視距離で見る時間が増えるということを念頭に置く必要がある.CTabletCcomputersChaveCnowCbecomeCpopularCtechnologicalCdevicesCforCeducationCinCprimaryCandCsecondaryCschools.Althoughgenerallyconsideredexcellentdevicesfortheimprovementofacademiclearningactivities,thereisaconcernastowhetherornottheya.ectthevisualdevelopmentinschoolchildren.Inthisstudy,weinvestigat-edCtheCviewingCdistanceCinC85schoolchildrenCwhenCviewingCtheCsurfaceCofCtabletCcomputerCdisplaysCandCnormalCtextbooks.CPhotographicCanalysesCshowedCthatCinC4th-gradeelementary(n=25),6th-gradeelementary(n=31),andC3rd-gradeCjunior-highstudents(n=29),theCmeanCdistanceCbetweenCtheCeyeCandCtheCreadingCsurfaceCwhenCviewingCtheiPAD(Apple,Inc.)wasC23.5±6.9Ccm,C24.6±8.1Ccm,CandC24.5±5.8Ccm,Crespectively,CandCthatCirrespec-tiveofage,theviewingdistancefortabletcomputerswassigni.cantlycloserthanthatwhenreadingprintedtext-books(p<0.01).OurC.ndingsCsuggestCthatCinCschoolchildren,CtheCuseCofCaCtabletCdeviceCduringClearningCactivitiesCcanpossiblyleadtoaccommodativestress,thuscausingapotentialriskofmyopicshiftinchildhood.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(12):1604.1607,C2019〕Keywords:iPad,タブレット端末,小中学生,視距離,ICT.iPad,tabletdevice,schoolchildren,viewingdistance,informationandcommunicationtechnology(ICT).Cはじめに近年は,教育の現場でもCinformationtechnology(IT)活用の取組みが本格化している.小中学校という初等教育の授業においてもデジタルテレビ,personalCcomputer(PC),タブレット端末(以下,タブレット)などが導入され,学力向上が期待される一方で,視覚発達期の子供がCIT機器の画面を見る時間が増えることによる眼への健康が心配される.過去においてCPCの普及期には,端末表示装置(visualCdis-playterminal:VDT)症候群が問題視され,使用時間や視距離など適切な使用方法が検討された1,2).しかし,スマートフォンやタブレットの使用状態は,PCを想定したCVDT作業環境とは異なるにもかかわらず,視機能の問題にしぼっ〔別刷請求先〕野原尚美:〒501-1131岐阜市黒野C180平成医療短期大学Reprintrequests:NaomiNohara,Heisei-iryouCollegeofMedicalSciences,180Kurono,Gifu501-1131,JAPANC1604(128)た研究は,きわめて乏しいといえる.そのため筆者らは,まず先行研究でスマートフォンの視距離について書籍と比較し,書籍はC33Ccmの視距離に対し,スマートフォンはどんな作業でも視距離が近く,とくに,小さな文字で見ているときには約C20Ccmであることを明らかにした3).現在は,infor-mationCandcommunicationtechnology(ICT)教育の一環として,タブレットを使用した授業が,小中学校で急速に進んでいる.この場合もスマートフォン同様に,教科書を見ているときよりも,視距離が近くなっている可能性もあり,子供たちがC1日のうちでCIT機器を使用する時間が増えているうえに,もし近い視距離で見ているとなれば,やはり近視の進行や調節の問題など,眼への負担が大変懸念される.そこで,今回,タブレットを使用した授業の眼への影響について,授業中に視機能を検査することは不可能なため,タブレット使用時の視距離に焦点を絞って,タブレットを使用した授業と,従来どおりの教科書を使用した授業の際の児童生徒の写真を撮影し,それぞれの視距離を測定し,比較検討した.CI対象および方法対象は,岐阜市内A小学校のC4年生C25名と,6年生31名,および岐阜市内CB中学校C3年生C29名,合計C85名の児童生徒である.方法は,授業中の自然な状態で,授業を妨げず,児童生徒に負担のかからないように測定するために,授業中の写真を撮影し,その写真を地図上の道のりを測定する距離測定ソフト(MapMeasure)を用いて視距離を解析することとした.予備実験として,MapMeasureの測定値とメジャーで計測した値とがほぼ一致するか否かをC12名の成人被検者(平均年齢C21歳,男性C1名,女性C11名)で検討した.まず,タブレットを使用させ,そのときの視距離を実際にメジャーで計測した.その状態を保持するよう指示し,真横から,高さも合わせて写真撮影した.MapMeasureを用いて視距離を測定するには基準値の入力が必要であるのでタブレットの長辺の長さを基準値とすることとし,カメラ寄りの一辺を基準値とした場合と,奥の一辺を基準値とした場合のMapMeasureの視距離の測定値を,メジャーで計測した値と比較した.その結果,基準値を奥の一辺で取ったときのほうが,メジャーで計測した値に近かった.このことから,図1のように対象者を真横から高さを合わせ,タブレットの奥一辺が写るよう撮影した.その写真をCPC上のCMapMeasureで開き,基準値となるタブレットの奥一辺をクリックし,実際の長さを入力し,続いて角膜頂点と基準値とした奥一辺のほぼ中央をクリックすると,自動で視距離が計算される.授業で使用していたタブレットはCiPadAir(以下,iPad)で,長辺(高さ)はC240mm,短辺(幅)はC169.5mmであった.授業形態は,調べ学習と写真や動画撮影であった.小学C4年生は,図工の授業でCiPadを使用し,飼育しているウサギの写真を撮影し,その後,ウサギについて調べ学習を行っていた.小学C6年生は,国語の授業で終始CiPadを使用して調べ学習を行っていた.中学C3年生は,社会の授業で終始CiPadを使用して調べ学習を行っており,さらに英語の授業では,英会話で発表をしている場面の動画撮影を行っていた.iPad使用時の視距離の撮影は,授業開始から終わるまでの間で,使い始め,中頃,授業最終時で,可能な限りC1人の生徒につきC3枚の写真を撮影した.調べ学習時のCiPadの文字サイズは,確認ができた生徒の多くは,ほぼ拡大することなくC2.3Cmmであった.また,iPadの視距離を撮影した同じクラスで,教科書(高さC255Cmm,幅C180Cmm)を使用する授業に入り,教科書を読んでいるときの写真も授業開始時,中頃,最終時のC3枚の写真を撮影した.教科書の文字サイズは,小学C4年生は漢字C5mm,平仮名C4Cmm,小学C6年生は漢字と平仮名ともにC4Cmm,中学C3年生は漢字と平仮名ともにC3Cmmであった.視距離の検討は,①教科書を見ているときより近いか,②学年によって違うか,③時間の経過とともに近づくかについて行った.統計学的検討は,対応のないCt検定を用い,有意水準5%未満として行った.CII結果1.教科書とiPad使用時の視距離の比較小学C4年生,6年生,中学C3年生における,教科書とCiPad使用時の視距離を図2,3,4に示す.縦軸に視距離,横軸に条件をとり,●は視距離の平均値C±標準偏差である.小学C4年生では,教科書を見ているときの視距離はC31.0C±9.7cmに対して,iPadを使用して調べ学習をしているときはC23.5C±6.9Ccm,写真撮影をしているときの視距離はC22.9C±4.7cmであり,いずれも教科書を見ているときの視距離と比べ有意に近かった(p<0.01).6年生では,教科書を見ているときの視距離はC30.7C±7.4Ccmに対して,iPadを使用して調べ学習をしているときはC24.6C±8.1Ccmで,iPad使用時の視距離は,教科書を見ているときの視距離と比べ有意に近かった(p<0.05).中学C3年生では,教科書を見ているときの視距離C32.9C±7.4Ccmに対して,iPadを使用して調べ学習をしているときはC24.5C±5.8Ccm,動画撮影しているときはC20.7C±6.4Ccmであり,iPad使用時の視距離は,教科書を読んでいるときの視距離と比べ有意に近かった(p<0.01).C2.学年別での視距離の比較iPadを使用して調べ学習をしているときの視距離を,学年ごとに比較した結果,3学年の間に有意な差は認められず,学年による視距離の差は認められなかった.C3.時間の経過に伴う視距離の変化iPadを使い始めた頃と,中頃,終わり頃のC3回の写真か視距離(cm)45403530252015*10*50教科書iPad写真撮影iPad調べ学習図1視距離の測定(調べ学習時:破線は基準値,実線は視距離を示す)対象者を真横に高さを合わせ,タブレットの奥一辺が写るように写真を撮影する.その写真をパソコン上のCMapMeasure(地図上の道のりを測定する距離測定ソフト)で開く.まず,基準値となるタブレットの一辺をクリックし,実際のタブレットの長さを入力し,続いて角膜頂点と基準値とした奥一辺のほぼ中央をクリックすると自動で視距離が計算される.C454035視距離(cm)3025201510105500図2小学4年生における教科書とiPadでの視距離の比較(*p<C0.01)C454035視距離(cm)30252015教科書iPad調べ学習iPad動画撮影教科書iPad調べ学習図3小学6年生における教科書とiPadでの視距図4中学3年生における教科書とiPadでの視距離の比較(**p<C0.05)離の比較(*p<C0.01)表1各学年における時間の経過に伴う視距離の変化(調べ学習時)学年対象者数(名)調べ学習時の視距離(cm)±標準偏差開始中盤最終小学C4年生C12C23.1±7.9C22.9±6.7C21.0±5.1小学C6年生C10C23.3±7.8C26.2±7.3C24.1±9.0中学C3年生C10C20.1±6.3C17.4±4.5C21.2±5.4ら視距離を解析した結果を表1に示す.4年生C25名中,3回解析できたのはC12名であった.6年生,中学C3年生はともにC10名であった.どの学年も,3回の視距離に有意な差は認められず,iPadを使用して調べ学習をしているときは,時間の経過とともに視距離が近づく傾向はなかった.III考按今回用いた方法は,授業中の自然な状態で,しかも授業を妨げず児童生徒に負担をかないで測定することを重要視して採択した.予備実験を重ね,実測値に近い値が測定できるところまで確認できたが,精度の高い方法で正確な視距離を測定できたとはいえない.しかし,今まで,見る距離が近い,姿勢が悪くて眼が近いといわれてきたような漠然とした感覚ではなく,どの程度の視距離であるか数値化できたこと,どのような傾向になっているのかを把握することができた点では有用な方法であったと考えられた.iPadを使用するときは,どんな用途でも,教科書を読んでいるときの視距離に比べると有意に近くなっていた.教科書の文字を読むという行為に対し,iPadは常に画面をさわる手指の運動が入る.多くの児童生徒の書くときの姿勢が非常に前屈みになっていたことから,iPadの画面を指で操作することが,書くことと同じ効果となり,視距離が教科書を読むときより近づいたのではないかと考えられた.また,iPadでは多くの児童生徒が文字を拡大しないで,小さな状態のまま見ていたことも視距離が近くなった要因と考えられた.そして,iPadを使い始めてから終わりまで,ほぼ一定の視距離であったことに関しては,iPadは画面が大きいため,両手で持ち,机の上や大腿部の上で支えながら使用する児童生徒が多いうえ,カバーを書見台のようにして使用している児童生徒もおり,使っているうちに近づいていくような近接化は起こりにくいと考えられた.以前から,近い視距離は,子供の視力低下の要因となる4,5),近視の発症と相関する6,7)など多くの報告がなされている.また近視進行の時期も小学C4.5年生で著しい8)ともいわれている.まさに今回,調査の対象となった学年であり,近い視距離に加え,近視進行の時期が重なることに,より一層注意が必要であると考えられた.文部科学省はC2013年度よりCiPadを用いたデジタル教科書の標準化事業を始めており,2020年度から本格的に全国の小中高校で導入される見通しが示され9),IT機器は今後ますます初等教育に取り入れられていくであろう.ICT教育でCiPadを導入することは,教科書のみの時代より,近い視距離で見る時間が増えるということを念頭に置く必要があり,今後は,今まで以上に近視の低年齢化,眼精疲労などの眼科的問題の発生が懸念されると考えられた.長谷部は,生活習慣について適切な指導を与えることにより,一定範囲で近視の進行速度をコントロールできる10)と示しており,これからCICT教育でCIT機器を使用する場合,近視進行の恐れがあることを念頭に置き,使用前に視距離がC30Ccm程度になるよう正しい姿勢の指導を行い,使用するなかで,近い視距離になる児童生徒には,教員が視距離を離すよう注意を促しながら,正しく活用させていくことも大切であると考えられた.文献1)山田覚,師岡孝次:VDT作業における視距離の評価.東海大学紀要工学部C26:209-216,C19862)厚生労働省:新しい「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」の策定について.平成C14年C4月C5日Chttp://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/04/h0405-4.html3)野原尚美,説田雅典,松井康樹ほか:携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討.あたらしい眼科32:163-166,C20154)椛勇三郎,西田和子:横断的調査による「女子中学生の視力低下」の要因分析.日本公衆衛生雑誌54:98-106,C20075)丸本達也,外山みどり,マリア・ビアトリツ・ビラヌエバほか:学童や生徒の視力と学習時の姿勢についての相関分析.日眼会誌101:393-399,C19976)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyo-pia:.ndingsCinCaCsampleCofCAustralianCschoolCchildren.CInvestOphthalmolVisSciC49:2903-2910,C20087)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.OphthalmologyC115:C1279-1285,C20088)山下牧子,三浦真由美,藤井恵子ほか:近視の進行と眼鏡.眼紀42:1554-1559,C19919)文部科学省:第C5章学習者用デジタル教科書・教材の開発.文部科学省学びのイノベーション事業実証研究報告書:C157-184,C201310)長谷部聡:小児の近視予防.あたらしい眼科C27:757-761,C2010C***

携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討

2015年1月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(1):163.166,2015c携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討野原尚美*1松井康樹*2説田雅典*3野原貴裕*3原直人*4*1平成医療短期大学視機能療法専攻*2平成医療専門学院*3大垣市民病院眼科*4国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ComparativeStudyofVisualDistanceswhileUsingMobilePhones/SmartphonesandReadingBooksNaomiNohara1),KoukiMatui2),MasanoriSetta3),TakahiroNohara3)andNaotoHara4)1)DivisionOrthptics,HeiseiCollegeofHealthSciences,2)HeiseiCollegeofMedicalTechnology,3)4)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfareOgakiMunicipalHospital,携帯電話ならびにスマートフォン使用時と,書籍読書時の視距離を比較した.学生67名を対象として,常用している眼鏡やコンタクトレンズ装用下で,1)携帯電話とスマートフォンによるメール作成時と書籍読書時の視距離,2)スマートフォンでゲーム操作時,ウェブサイトを見ているとき,歩行しながらのメール作成中の視距離を測定した.視距離は,角膜頂点から画面までとし実際にメジャーで測定した.読書時の平均視距離は33.7±5.7cm,スマートフォンによるメール作成時は27.7±4.8cm,携帯電話でのメール作成時は27.8±5.0cmであり,書籍を読む場合に比べ有意に近かった(p<0.001).歩行でのメール作成時は26.5±5.0cm,文字が小さいウェブサイトを見ているときは19.3±5.0cmであった.Informationandcommunicationtechnology(ICT)環境下では,日常的に30cm以下で画像を長時間見続けることから,近見反応への負荷がかかる.Wecomparedvisualdistancesinusingmobilephonesorsmartphonesandreadingbooks.Subjectswere67students,whosevisualdistancesweremeasuredwhile1)composinganemailonamobilephoneandsmartphone,andwhilereadingabook,and2)playingagameonasmartphone,lookingatawebsite,andcomposinganemailwhilewalking,wearingtheiraccustomedcorrectivelenses.Visualdistancesweremeasuredfromthecornealapextothescreenorpage.Meandistanceswere33.7±5.7cmwhenreadingabook,27.7±4.8cmwhencomposinganemailonasmartphone,and27.8±5.0cmwhencomposinganemailonamobilephone,significantlyshorterthanwhenreadingabook(p<0.001).Meandistanceswere26.5±5.0cmwhencomposinganemailwhilewalking,and19.3±5.0cmwhenlookingatawebsitewithsmallfontsize.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(1):163.166,2015〕Keywords:ICT,デジタルディバイス,近視,近見反応,調節.ICT,digitaldevices,myopia,nearresponse,accommodation.はじめに近年,携帯電話やスマートフォンなど小型デジタル機器による,メールやゲーム,ウェブサイトを見るなど画面を見ている時間が延びていることが報告されている1).デジタル映像の場合,米国では,新聞や本・雑誌の印字を読む場合の平均視距離は約40.6cm,スマートフォンでメールを送受信した場合の平均視距離は35.6cmで,ウェブページを見るときの平均視距離は32cmであった2).このように,デジタルディバイスを使用した場合,視距離が近くなることで,近視進行のメカニズムの一つである調節負荷となることが考えられる.また,近見視力は30cmで検査をしているが,それよりもっと近づくとなると,多焦点眼鏡,コンタクトレンズ,眼内レンズの設計や処方法などにおいても影響を与えると考えられる.そこで今回筆者らは,日本人若年者の携帯電〔別刷請求先〕野原尚美:〒501-1131岐阜市黒野180平成医療短期大学Reprintrequests:NaomiNohara,HeiseiCollegeofHealthSciences,180Kurono,Gifu501-1131,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(163)163 話ならびにスマートフォン使用時の視距離を測定し,紙書籍を読んでいるときの視距離と比較したので報告する.I対象および方法平成医療専門学院視能訓練学科に在籍している67名(男性14名,女性53名)の学生で,年齢は19.31歳(平均年齢20.2歳)であった.屈折異常は,等価球面値にて+5.00Dから.2.50D,矯正視力は遠見・近見ともに1.0以上で,両眼視機能は,Titmusstereotestにてすべて60sec以上を認めている屈折異常以外の器質的眼疾患を認めない者であった.視距離は常用の眼鏡やコンタクトレンズを装用し自然な状態で角膜頂点から画面までをメジャーで測定した.今回は測定眼を決めるような精度を高めての距離測定ではなく,あくまで自然体のなかでの距離測定である.視距離測定の条件は以下のごとくとした.1.紙書籍と携帯電話ならびにスマートフォンでメール作成時の視距離条件①:通常の紙書籍(B5サイズの教科書)を読む(以下,書籍)条件②:携帯電話(画角1.7.2.1インチ)でメール作成条件③:スマートフォン(画角3.2.4.5インチ)でメールを作成2.スマートフォンでウェブサイト・ゲーム・歩行しながら操作時の視距離条件④:ウェブサイトを通常の文字サイズで読む(以下,スマートフォン通常文字)条件⑤:ウェブサイトを好みの文字サイズに拡大して読む(以下,スマートフォン拡大文字)条件⑥:好みのゲームを行う(以下,スマートフォンゲーム)条件⑦:歩きながらメール作成(以下,スマートフォン・歩き・メール)すべての条件における視距離は,日にちを変えて2回測定し,2回の平均値をもって視距離とした.統計学的検討は,対応のあるt検定・Spearman順位相関係数を用いた.さらに,瞳孔間距離をメジャーで測定し,条件①から条件⑦の視距離の輻湊角を求めた.輻湊角の求め方3)は,まず両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離を①式によって求めた.両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離をbcm,角膜頂点から画面までの視距離をLcm,瞳孔間距離をacm,角膜頂点と回旋点との距離を一般的な1.3cmとする.①式b=(L+1.3)2.a42両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離を求めた後,②式より輻湊角を求めた.②式輻湊角.(prismdiopter,以下Δ)=ba×100II結果表1に条件①.⑦における67名の視距離の平均値と標準偏差(cm),文字サイズ(mm・相当するポイント数),視距離での視角(分),輻湊角(Δ)を表す.1.携帯電話ならびにスマートフォン使用時と書籍の比較図1に条件①.⑦における67名の視距離の平均値と標準偏差を示す.左の縦軸は視距離(cm)を,右の縦軸にはその視距離での調節負荷量(D)を示す.携帯電話(条件②)ならびにスマートフォン使用時(条件③.⑦)の視距離は,書籍(条件①)を読んでいるときの視距離に比べ有意に近かった(p<0.001).特にスマートフォン通常文字(条件④)の視距離は19.3±5.0cmで,スマートフォンのウェブサイトを小さい文字のまま読んでいるときが最も近かった.2.スマートフォン通常文字・拡大文字および書籍との比較スマートフォン通常文字(条件④)の視距離が,書籍よりも10cm以上近かった者は71%であった.スマートフォン拡大文字(条件⑤)にしても37%の者は,書籍よりも10cm以上近いままであった(図2).III考按1)今回の結果は,米国に比べ書籍もスマートフォンもすべて7cmほど視距離が近くなった2).この米国との視距離表1作業別における視距離・文字サイズ・視角・輻湊角①書籍②携帯電話メール③スマホメール④スマホ通常文字⑤スマホ拡大文字⑥スマホゲーム⑦スマホ歩き・メール視距離±SD(cm)33.7±5.727.8±5.027.7±4.819.3±5.025.2±5.426.2±5.726.5±5.0文字サイズ(mm)(相当するポイント数)3(8)2.3(5.67.8)2.3(5.67.8)1.2(2.83.5.67)3.5(8.14)─2.3(5.67.8)視距離での視角(分)(文字サイズ/視距離)3025.3725.3718.3641.68─26.39輻湊角(Δ)18.0±3.021.0±4.022.0±4.031.0±7.023.0±5.023.0±5.022.0±4.0スマホ:スマートフォン.164あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(164) 3%4240-2.5383634-3.03230-3.52826-4.02422-5.02018-6.0161412-8.010*******調節(D)16%55%29%34%63%スマートフォン通常文字スマートフォン拡大文字視距離(cm)Vs.書籍Vs.書籍①②③④⑤⑥⑦図1書籍と携帯電話・スマートフォン使用時の作業別視距離①:書籍,②:携帯電話メール,③:スマートフォンメール④:スマートフォン通常文字,⑤:スマートフォン拡大文字⑥:スマートフォンゲーム,⑦:スマートフォン歩き・メール(*p<0.01).の差については,英文と日本語文の違いであると考えられた.英文は26文字のアルファベットのみで,その小文字の高さは大文字の高さの45.50%しかない文字もあり,行間が確保され読みやすい.一方,日本語はひらがな,カタカナ,漢字の3種類が混ざり,それぞれの文字の高さが揃っているために行間が詰まって読みづらくなり,視距離が近づいたと考えられた.2)携帯電話やスマートフォンを使用しているときの視距離が,従来の書籍を読んでいるときの視距離より有意に近かったことについては,山田4)はvisualdisplayterminals(VDT)作業において視距離に影響を与える因子としてcathode-ray-tube(CRT)サイズによりほぼ決められる文字の大きさと照明環境,作業者の視力を挙げている.小さな文字は,視距離を近くすることによる拡大効果から,携帯デジタル機器の小画面を近づけるのではないかと考えた.ただ今回は書籍の文字の視角が30′でスマートフォンの拡大文字の視角が41.68′と大きいにもかかわらず,スマートフォン使用時の視距離のほうが書籍よりも近かったことから,文字サイズだけでなく携帯デジタル機器と書籍の“画面の大きさ”の違いも関与していることが考えられた.今回用いた書籍はサイズが大きいため,大きな物は近方にあると感じる近接感により書籍は遠ざけ,小さな物は遠方にあると感じて保持している携帯を近づけるといった心理的な奥行き手がかりの作用5,6)も加わっているものと考える.また,大きい書籍は近づけると網膜の広範囲に投影されるため周辺視野まで眼球を大きく動かして読まなければならない.書籍とケータイ小説の眼球運動の違いは,書籍を読んでいる間はサッケードで行うのに対し,ケータイ小説では改行時にサッケードとスクロールを併用しており,文字サイズが小さくなるほどサッケー(165)差が10cm未満差が10cm以上20cm未満差が20cm以上図2スマートフォン通常文字・拡大文字と書籍の視距離の差の度数割合ド頻度が増えると報告している7).3)携帯デジタル機器を使用しているときの視距離が近いうえに,画面を見ている時間が延びていることから,現在はより近見反応を酷使しているといえる.近見反応は,1)調節-輻湊にクロスリンクがあり,お互いに影響されること,2)順応が強いシステムであるので,斜視特に内斜視などが将来的に多くなる可能性がある8.10).また,輻湊角を測定した結果,書籍を読んでいるときの輻湊角の平均は18Δで,ウェブサイトを通常文字で読んでいるときの輻湊角の平均は31Δであった.この平均値に一番近かった被検者を例に取り上げると,この被検者は瞳孔間距離が58mmである.書籍の視距離は30.6cmであり,方法で挙げた①式より両眼の回旋点を結んだ直線距離は31.7cmで,②式より輻湊角は18Δである.今回は測定していないが,この被検者のAC/A比(調節性輻湊対調節比)を下限2Δ/D(正常値4±2Δ/D)と仮定すると書籍を読む場合は6Δを調節性輻湊で補い,さらに近接性輻湊が下限1.5Δ/D(正常値ほぼ1.5.2.0Δ/D)3)と仮定すると約4Δが近接性輻湊で補われ,残り8Δを融像性輻湊で補えば良い.しかし,ウェブサイトを通常文字で読む場合,この被検者の視距離は16.2cmであった.同様に①式より両眼の回旋点を結んだ直線距離は17cmで,②式より輻湊角は34Δであった.この場合AC/A比を下限2Δ/Dと仮定すると12Δを調節性輻湊で補い,さらに近接性輻湊が下限1.5Δ/Dと仮定すると約9Δが近接性輻湊で補われ,残り13Δを融像性輻湊で補わねばならない.もし,低AC/A比であったり,基礎眼位ずれに外斜位が存在すればさらに輻湊が必要となり,その状態でウェブサイトを長時間至近距離で読めば疲労により近見外斜視になるといったことも起こるのではないかと考えられた.今後はスマートフォンの普及に伴い,携帯電話からスマートフォンに切り替える人が多くなると予想されている11).通常の使用方法としては,携帯デジタル機器は書籍に比べ視距あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015165 離が非常に近くなるため,文字を拡大して,視距離を保つことを啓発することが必要である.特に20歳代を中心に若者の使用が多く,また今後は教育現場へのデジタルIT化など,長時間見続けていることもあわせれば,今まで以上に若年者の近視化,眼精疲労を訴えるIT眼症などの眼科的問題も多くなり,今後は眼科での近見反応検査も念頭に置きながら,場合によっては30cmより近い近距離検査も行っていく必要があると思われた.文献1)総務省情報通信政策研究所:高校生のスマートフォン・アプリ利用とネット依存傾向に関する調査.報告書:7-15,平成26年7月2)BababekovaY,RosenfieldM,HueJEetal:Fontsizeandviewingdistanceofhandheldsmartphones.OptomVisSci88:795-797,20113)内海隆:輻湊・開散と調節,AC/A比.視能矯正学(丸尾敏夫ほか編),改訂第2版,p177-189,金原出版,19984)山田覚,師岡孝次:VDT作業における視距離の評価.東海大学紀要工学部26:209-216,19865)稲葉小由紀:感覚・知覚のしくみ.自分でできる心理学(宮沢秀次ほか編),p9-18,ナカニシヤ出版,20116)林部敬吉:奥行き知覚研究の動向.静岡大学教養部研究報告第III部16(1-2):57-76,19777)山田和平,萩原秀樹,恵良悠一ほか:ケータイ小説黙読時の眼球運動特性の解析.東海大学紀要情報通信学部3:19-24,20108)MilesFA:Adaptiveregulationinthevergenceandaccommodationcontrolsystems.In:AdaptiveMechanismsinGazeControl,BerthozAandMelvillJonesG(eds),Elsevier,Amsterdam,19859)高木峰男,戸田春男:眼位.視覚と眼球運動のすべて(若倉雅登ほか編),p121-155,メジカルビュー,2007年改変10)筑田昌一,村井保一:立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例.日本視能訓練士協会誌16:69-72,198811)総務省:「スマートフォン・エコノミー」.スマートフォン等の普及がもたらすITC産業構造・利用者行動の変化..情報通信白書:116-221,平成24年版***166あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(166)