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診断に苦慮したLeber 遺伝性視神経症の1 例

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(139)139《原著》あたらしい眼科28(1):139.143,2011cはじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy)は1871年にLeberによってはじめて報告された遺伝性視神経疾患である1).おもに10歳代から30歳代にかけての男性に多く,両眼性の急性または亜急性の視力低下で発症し,左右発症時期の差はあっても最終的には両眼の視神経萎縮へと進行する2).以前は臨床所見と家族歴によって診断され,確定診断は容易ではなかったが,1988年Wallaceら3)によりNADH(ジハイドロニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)デヒドロゲナーゼのサブユニット4領域にあるミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列11778番目に位置するグアニンのアデニンへの変換(以下,11778番変異)〔別刷請求先〕南野桂三:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KeizoMinamino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN診断に苦慮したLeber遺伝性視神経症の1例南野桂三*1安藤彰*1竹内正光*2髙橋寛二*3小池直子*1小林かおる*1秋岡真砂子*1河合江実*1白紙靖之*4森秀夫*5西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2竹内眼科医院*3関西医科大学附属枚方病院眼科*4しらかみ眼科*5大阪市立総合医療センター眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyKeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasamitsuTakeuchi2),KanjiTakahashi3),NaokoKoike1),KaoruKobayashi1),MasakoAkioka1),EmiKawai1),YasuyukiShirakami4),HideoMori5)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)TakeuchiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,4)ShirakamiEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalLeber遺伝性視神経症はミトコンドリアDNAの異常により発症する遺伝性視神経疾患で,若年男性に多く最終的に両眼の視神経萎縮に至る.筆者らは56歳の男性で家族歴がなく副鼻腔炎の手術既往があるため鑑別に苦慮したが,最終的に遺伝子検査によってLeber遺伝性視神経症と判明した1例を経験した.本症例は両眼の緑内障で治療を受けるも比較的急速に視野障害が進行し,視神経炎を疑われて紹介された.診断に苦慮した原因として,56歳とLeber遺伝性視神経症の好発年齢よりも高齢であったこと,8人兄弟であるが本人のみ異母兄弟であることが後ほど判明したこと,緑内障性視神経萎縮のため乳頭発赤などLeber遺伝性視神経症の初期変化が明瞭に認められなかったことなどが考えられた.視神経炎症状を呈し,診断がつかない症例ではLeber遺伝性視神経症を考慮する必要がある.A56-year-oldmalewasreferredtoourhospitalforsuspectedopticneuritis.Hehadbeentreatedforglaucoma,withnohistoryofsinusitisorfamilyhistory.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.02and0.08inhisrightandlefteye,respectively.Visualfieldexaminationdisclosedcentralscotomaintherighteyeandsuperonasalvisualfielddefectintheleft.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadiagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).Thepresentcasewasdifficulttodiagnosebecauseoftheelderlyage(56years)ascomparedtothepredominantonsetageofLHON,ahalf-brotherin8brothers,andthefactthathyperemiaoftheopticdisc,acharacteristicinitialchangeofLHON,hadnotbeenobservedduetoglaucomatousopticatrophy.LeftBCVArecoveredto0.5morethanoneyearlater,perhapsasaresultofcomparativeconservationofthemacularnervefibers.Whenapatientwithblurredvisionofuncertainetiologyisexamined,itisimportanttoruleoutLHONregardlessofpatientageandhyperemiaoftheopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):139.143,2011〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,緑内障,遺伝子診断,視力回復,黄斑線維束.Leber’shereditaryopticneuropathy,glaucoma,analysisofmitochondrialDNA,recoveryofbestcorrectedvisualacuity,macularnervefivers.140あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(140)がLeber遺伝性視神経症と特異的に関連する事例が報告され診断に応用されるようになった.現在までに11778番塩基変異以外にもLeber遺伝性視神経症の発症に強く関与する,いわゆるprimarymutationはmtDNAの6カ所以上報告されている4~6).そのうちの3460番変異,11778番変異,14484番変異の3つの変異でLeber遺伝性視神経症の90%近くを占め7,8),わが国では90%が11778番変異を有する9).今回筆者らは56歳の男性で,初診時に他院で両眼の緑内障の診断がついており家族歴がないことや副鼻腔炎の手術の既往があることから臨床診断に苦慮したが,最終的に遺伝子検査で11778番変異がみられLeber遺伝性視神経症と診断した1例を経験した.I症例患者:56歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:平成20年6月頃から両眼の視力低下を自覚して近医(内科)を受診,視野欠損を疑われ,平成20年6月6日に総合病院眼科を紹介となる.そこでの初診時視力は両眼とも矯正視力1.0以上あり,初診時眼圧は両眼とも24mmHgであった.眼底所見では両眼とも視神経乳頭の高度な陥凹拡大(両眼ともC/D比〔陥凹乳頭比〕0.8~0.9)と右眼に黄斑部を含む神経線維層欠損(NFLD),左眼に上下のNFLDを認めた.視野検査では両眼ともNFLDに一致した視野欠損を認めたことから,両眼原発開放隅角緑内障と診断され,緑内障点眼(ラタノプロスト点眼を両眼に1回/日)を処方され,6月24日の再診時に眼圧が右眼16mmHg,左眼15mmHgであった.十分に眼圧下降が得られたと判断され,定期的な経過観察のため近医を紹介された.この近医で平成20年の7月に2回定期診察されたが,両眼とも矯正視力は1.0以上あり,眼圧も右眼は17~19mmHg,左眼は16mmHgであった.しかし,視力低下の自覚が強くなり,患者本人が別の近医を平成20年8月1日に受診した.その近医での初診時視力は右眼矯正0.1,左眼矯正0.9,眼圧は前医の緑内障点眼使用下で右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.ここでも両眼の視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ともC/D比0.9)とNFLD以外の異常所見は認められず,両眼原発開放隅角緑内障と診断された.以後経過観察中に緑内障点眼を追加された(ブリンゾラミド点眼を両眼に2回/日)が,さらに自覚症状が悪化し(視力は9月3日では右眼矯正0.08,左眼矯正0.6,10月24日では右眼矯正0.02,左眼矯正0.2,10月31日では右眼矯正0.03,左眼矯正0.06),急速な視野の進行と視力低下を認めたため11月1日に関西医科大学附属滝井病院を紹介受診となる.既往歴:19歳時に副鼻腔炎に対して手術加療.生活歴:喫煙歴,飲酒歴なし.嗜好に特記すべきことなし.家族歴:両親,8人兄弟(男性3人,女性5人)に眼科疾患なし.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+1.0D(cyl.2.0DAx80°),VS=0.08(0.08×sph.0.5D(cyl.0.5DAx90°),眼圧はラタノプロスト点眼およびブリンゾラミド点眼を両眼に使用して右眼14mmHg,左眼12mmHgであった.中心フリッカー値は右眼10.6Hz,左眼17.8Hzと低下していたが,瞳孔反応は正常で相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)はみられなかった.両眼とも前眼部および中間透光体に異常なく隅角はShaffer分類Grade3~4であった.眼底は両眼とも視神経に高度な視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ab図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも高度な視神経乳頭陥凹拡大と右眼には黄斑線維束を含むNFLD,左眼には上下にNFLDがみられる.(141)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011141ともC/D比0.9)とNFLDが認められた(図1).視野検査で右眼の中心暗点と左眼の鼻上側の視野欠損が認められた(図2).経過:頭部コンピュータ断層撮影(CT)では占拠性の頭蓋内病変や副鼻腔炎所見はみられず,磁気共鳴画像(MRI)〔STIR(shortinversiontimeinversion-recovery)法〕では視神経の高信号は認められなかった.視覚誘発反応画像システム(VERIS)では右眼に軽度の感度低下を認めたが,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)やoccultmaculardystrophyなどを疑う所見は認められなかった(図3).血液検査では白血球8,000/μl,赤血球417×104/μl,赤沈13mm/hr,C反応性蛋白(CRP)0.02mg/dl,抗核抗体陰性,リウマチ因子3IU/ml,TP(トレポネマ・パリズム)抗体陰性,ACE(アンギオテンシン変換酵素)19.9IU/l,ビタミンB14.5μg/dl,ビタミンB212.7μg/dl,ビタミンB12590pg/mlと正常で炎症性疾患や栄養障害性視神経症は否定的であった.フルオレセイン蛍光眼底造影所見では,両眼とも血流障害や視神経の過蛍光などの所見は認められなかった(図4).臨床経過ab図3VERIS(平成20年11月6日)a:右眼,正常.b:左眼,軽度の感度低下.ab図2Goldmann視野(初診時)a:左眼.上下のビエルム領域の暗点がつながり,内部イソプターが穿破したために生じたような鼻上側の視野欠損がみられる.b:右眼.中心暗点がみられる.142あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(142)や臨床所見から球後視神経炎が示唆されたため,11月27日に入院のうえステロイドパルス療法を施行したが効果は認められなかった.入院中に再度家族歴を問診しなおしたところ,8人兄弟であるが本症例のみ異母兄弟であることが判明したため,ミトコンドリア遺伝子検査を行い,mtDNA11778番塩基対に点突然変異が認められLeber病と診断した.コエンザイムQ10とビタミンB12の内服およびラタノプロスト点眼とブリンゾラミド点眼を続け,平成21年12月8日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.2,平成22年2月9日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.5,平成22年5月11日の視力は右眼矯正0.09,左眼矯正0.8,平成22年7月6日の視力は右眼矯正0.06,左眼矯正1.0と左眼視力は経時的に回復した.II考按Leber遺伝性視神経症はおもに10歳代から30歳代にかけての男性に両眼性に急性または亜急性の視力低下で発症する2)が,今回筆者らは56歳で発症した1例を経験した.本症例では当初視神経炎,虚血性視神経症,遺伝性視神経症,中毒性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどを疑ったが生活歴や家族歴から遺伝性視神経症,中毒性視神経症は考えづらく,虚血性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどの鑑別のためにCT,MRI,VERIS,血液検査,フルオレセイン蛍光造影(FA)を施行したが確定診断には至らなかった.最終的に遺伝子検査により診断が確定したが,好発年齢から外れていることや,視神経乳頭陥凹拡大が高度でLeber遺伝性視神経症で特徴的とされる視神経乳頭発赤と乳頭周囲の毛細血管拡張などの所見が検眼所見やFA所見でも明らかではなく,8人兄弟で本人が異母兄弟であることがわからなかったため診断に苦慮した.総合病院眼科初診時では視力は両眼とも矯正1.0,眼圧は右眼24mmHg,左眼24mmHgと高く視神経乳頭陥凹拡大もC/D比0.8~0.9と高度で,視野も右眼中心暗点と左眼鼻上側の視野欠損がみられ,両眼ともNFLDの部位と一致することから緑内障があったことは間違いないと思われる.このためLeber遺伝性視神経症の初期変化を捉えられなかった可能性が高い.自覚症状がでてからすぐに眼科を受診してacbd図4フルオレセイン蛍光眼底造影写真(初診時)a:右眼早期(50秒),b:左眼早期(56秒),c:右眼後期(5分57秒),d:左眼後期(5分50秒).両眼とも視神経乳頭からの蛍光漏出や網膜血管,網膜に異常を認めない.(143)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011143視力が良好であったことからも眼科初診時がLeber遺伝性視神経症の萎縮期であった可能性は低い.現在までにわが国でのLeber遺伝性視神経症を伴うmtDNAの点変異と緑内障の相関を調べた報告では両疾患が合併する可能性はまれであり10),本症例は緑内障にmtDNAの点変異を伴い,Leber遺伝性視神経症を発祥していることから疫学的にまれな症例と思われる.しかしLeber遺伝性視神経症の萎縮期には視神経乳頭の陥凹が認められHeidelbergretinaltomography(HRT)の緑内障判定プログラムで73%が緑内障と判断されるという報告があり11),本症例のように緑内障にLeber遺伝性視神経症が合併している場合は慎重な判断が必要である.Leber遺伝性視神経症の特徴として黄斑線維束のNFLDがあげられるが,本症例では右眼には黄斑線維束を含む高度なNFLDが存在し,左眼には視神経乳頭の上下の高度なNFLDが存在するが黄斑線維束には明らかなNFLDは認められなかった.Leber遺伝性視神経症における視力回復は,Mariotte盲点につながる傍中心暗点の一部に感度のよい領域が出現して,ごく狭い限られた部分で感度が回復する.このような中心暗点はfenestratedcentralscotomaとよばれている12).本症例では,確定診断後に1年以上経過してから左眼の視力が矯正1.0まで改善している.これは左眼には黄斑線維束に高度なNFLDが存在しないことから,黄斑部の神経線維層が比較的保たれ,左右でNFLDの部位と程度に差があり視力予後に影響したと考えられた.11778番変異に伴うLeber遺伝性視神経症の視力回復はきわめてまれであり9),本症例は予後良好であったといえる.今回,現病歴,既往歴,生活歴,家族歴,臨床所見から鑑別診断が困難であった11778番変異によるLeber遺伝性視神経症の症例を経験した.Leber遺伝性視神経症の好発年齢は若年であるが,Mashimaらはわが国におけるLeber遺伝性視神経症について11778番変異である69人の年齢分布では4~50歳(平均24.6歳)であったと報告している9).本症例のように56歳のLeber遺伝性視神経症発症はまれなものと考えられるが,視神経炎症状を呈し確定診断がつかない場合はLeber遺伝性視神経症を考慮する必要があると思われた.文献1)LeberT:Ueberhereditareundcongenital-angelegteSehnervenleiden.GraefesArchClinExpOpthalmol2:249-291,18712)HottaY,FujikiK,HayakawaMetal:ClinicalfeaturesofJapaneseLeber’shereditaryopticneuropathywith11778mutationofmitochondrialDNA.JpnJOphthalmol39:96-108,19953)WallaceDC,SinghG,LottMTetal:MitochondrialDNAmutationassociatedwithLeber’shereditaryopticneuropathy.Science242:1427-1430,19884)BrownMD,WallaceDC:SpecutrumofmitochondrialDNAmutationsinLeber’shereditaryopticneuropathy.ClinNeurosci2:138-145,19945)LamminenT,MajanderA,JuvonenVetal:Amitochondrialmutationat9101intheATPsynthase6geneassociatedwithdeficientoxidativephosphorylationinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet56:1238-1240,19956)DeVriesDD,WentLN,BruynGWetal:GeneticandbiochemicalimpairmentofmitochondrialcomplexIactivityinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathyandhereditaryspasticdystonia.AmJHumGenet58:703-711,19967)HowellN:PrimaryLHONmutations:Tryingtoseparate“fruyt”from“chaf”.ClinNeurosci2:130-137,19948)MackeyDA,OostraRJ,RosenbergTetal:PrimarypathogenicmtDNAmutationsinmultigenerationpedigreswithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet59:481-485,19969)MashimaY,YamadaK,WakakuraMetal:SpectrumofpathogenicmitochondrialDNAmutationsandclinicalfeaturesinJapanesefamilieswithLeber’shereditaryopticneuropathy.CurrEyeRes17:403-408,199810)InagakiY,MashimaY,FuseNetal:MitochondrialDNAmutationswithLeber’shereditaryopticneuropathyinJapanesepatientswithopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol50:128-134,200611)MashimaY,KimuraI,YamamotoYetal:OpticdiscexcavationintheatrophicstageofLeber’shereditaryopyicneuropathy:comparisonwithnormaltensionglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol241:75-80,200312)StoneEM,NewmanNJ,MillerNRetal:VisualrecoveryinpatientswithLeber’shereditaryopticneuropathyandthe11778mutation.JClinNeuro-opthalmol12:10-14,1992***

Leber 遺伝性視神経症と診断した女性の一家系

2008年10月31日 金曜日

———————————————————————-Page1(119)14470910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(10):14471452,2008cはじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropa-thy:LHON)は母系遺伝形式をとる急性ないし亜急性の両眼性視神経症で,ミトコンドリアDNAの点突然変異によりもたらされることが知られている.好発年齢は1020歳代であるが,4050歳代にも小さなピークがある.患者の8090%は男性であり,女性はキャリアにとどまることが多いといわれている.今回筆者らは治療が奏効しない球後視神経炎疑いで受診した女性に遺伝子診断を施行し,LHONと診断できた家系より,数名の女性発症例を確認したので報告する.I症例〔症例1〕発端者:28歳,女性.現病歴:23歳のとき,急激な視力障害を自覚し近医眼科,県立病院などを受診.片眼発症10カ月後に他眼も発症.球後視神経炎として入院し,ステロイド加療を行ったが改善なく,原因不明のまま近医にて経過観察されていた.セカンドオピニオンを求め,平成14年7月19日西葛西・井上眼科病院(以下,当院)を受診した.家族歴:母方の叔父が片眼視力不良(詳細不明).初診時所見:視力は右眼0.03(0.05×3.0D),左眼0.03(0.04×3.0D),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHg,対光反応正常,相対的求心性瞳孔障害(relativeaerentpupillaridefect:RAPD)なし.前眼部,中間透光体に特記すべき異常は認めず,両眼底に視神経萎縮を認めた(図1a).Goldmann動的視野検査にて求心性視野狭窄とⅠ-4にて中心部の絶対暗点を認めた(図1b).パネルD-15にて第〔別刷請求先〕野崎令恵:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:NorieNozaki,M.D.,Nishikasai-InouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPANLeber遺伝性視神経症と診断した女性の一家系野崎令恵*1宮永嘉隆*1中井倫子*2菊池俊彦*3井上治郎*4*1西葛西・井上眼科病院*2眼科中井医院*3水戸大久保病院眼科*4井上眼科病院FamilyofaFemaleDiagnosedwithLeber’sHereditaryOpticNeuropathyNorieNozaki1),YoshitakaMiyanaga1),NorikoNakai2),ToshihikoKikuchi3)andJiroInouye4)1)Nishikasai-InouyeEyeHospital,2)NakaiEyeHospital,3)DepartmentofOphtalmology,MitoOkuboHospital,4)InouyeEyeHospital症例:原因不明の視神経炎と診断された女性に遺伝子検査を行い,Leber遺伝性視神経症と診断した.その後姪に原因不明の視力障害と視神経萎縮を認め,遺伝子解析を行ったところ11778番ヘテロプラスミー変異を確認した.そこで可能な限りの家系調査を施行したところ,同様の点突然変異を妹,姪,甥と母に認めた.結論:女性や幼小児においてもLeber遺伝性視神経症を発症する場合があり,原因不明の視力障害を診た場合には性別や年齢によらずLeber遺伝性視神経症も念頭に置く必要があると考えられた.Weconductedgenetictestingonafemalediagnosedwithopticneuritisofuncertainetiology,anddiagnosedLeber’shereditaryopticneuropathy.Subsequently,blurredvisionandopticnerveatrophyofuncertainetiologywereidentiedinherniece.Geneticanalysisconrmedheteroplasmyforthe11778mutation.Thepatient’slineagewastheninvestigatedtotheextentpossible,andasimilarpointmutationwasfoundinheryoungersister,niece,nephewandmother.Leber’shereditaryopticneuropathycanaectevengrownfemalesandinfants.Whenblurredvisionofuncertainetiologyisexamined,Leber’shereditaryopticneuropathyshouldbekeptinmind,regardlessofpatientsexorage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(10):14471452,2008〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,女性,11778番ヘテロプラスミー変異,家系.Leber’shereditaryopticneu-ropathy,female,heteroplasmyforthe11778mutation,lineage.———————————————————————-Page21448あたらしい眼科Vol.25,No.10,2008(120)3色盲は認めなかった.蛍光眼底造影検査,中心フリッカー試験は施行していない.経過:患者の同意を得,ミトコンドリアDNAについて検査を行い,11778番の正常型と変異型の混在型ヘテロプラスミーを確認し,LHONと診断した(図5a).その後経過をみながらビタミンB群(ビタメジンR),ビタミンB12(メチコバールR),コエンザイムQ10などの内服を行っており,視力は右眼(0.1),左眼(0.3)となっている.経過観察中に結婚,出産を経て現在は2児の母となり,3歳の長女はすでに右眼の視神経萎縮を認め,視力は0.06となっている.2歳の長男については不明である.〔症例2〕発端者の姪(妹の長女):9歳,女児.現病歴:平成15年,就学前健診で視力不良を指摘(右眼0.2,左眼0.3ともに矯正不能).総合病院にて毛様体過緊張と診断され,近医にて経過みるも改善せず,視神経萎縮を認めるようになり,精査加療目的に平成17年7月27日当院紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.6(0.8×0.25D(cyl0.5DAx30°),左眼0.8(1.2×0.25D(cyl0.5DAx40°),眼圧は右眼18mmHg,左眼17mmHg,輻湊反応良好,立体視はほぼ正常.対光反射・RAPDについては記載なし.前眼部,中間透光体に特記すべき異常は認めず,両眼底に軽度の視神経萎縮を認めた(図2a).Goldmann動的視野検査にて傍中心比較暗点を認めた(図2b).中心フリッカー試験は右眼1914mmHg,左眼3631mmHgであった.全屈折検査,石原式色覚検査では両眼とも異常は認めなかった.蛍光眼底造影検査は施行していない.経過:母親が症例1の妹であり,同意を得てミトコンドリアDNA検査を行ったところ,同様の11778番の正常型と変異型の混在型ヘテロプラスミーを認め,LHONと診断した(図6b).トロピカミド(ミドリンMR)右眼就寝前点眼にて経過観察中にMRD(marginreexdistance)右眼6mm,左眼図1a症例1(28歳,女性)の眼底写真上:右眼,下:左眼.視神経萎縮を認める.図1b症例1のGoldmann動的視野検査所見上:右眼,下:左眼.Mariotte盲点拡大と中心暗点を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.10,20081449(121)8mmと右上眼瞼下垂を認めている.また,平成18年12月27日左方視時に複視を訴え,動眼神経麻痺についても注意して経過をみている.平成19年12月26日,視力は右眼(0.4),左眼(1.0)で,両眼とも視神経萎縮が進行している.そこで遺伝性の確認のため同意を得,本患者の3世代にわたる家系について調査した.家系図を示す(図3).〔症例3〕症例2の母:31歳,女性.現病歴:自覚症状はなかったが家族性の確認のため平成17年12月28日当院初診.初診時所見:ミトコンドリアDNA検査を行ったところ,同様の11778番の正常型と変異型の混在型ヘテロプラスミーを認めた.前眼部,中間透光体に特記すべき異常は認めなかった.経過:平成19年2月28日,視力は右眼0.01(0.04×cyl1.5DAx90°),左眼0.1(0.9×cyl1.75DAx70°)と右眼の視力障害を認めたが,眼底に視神経萎縮は認めなかった.同年3月14日,右眼(0.02),左眼(0.8)となったため,プレドニゾロン(プレドニンR)15mgを14日,5mgを14日図2a症例2の眼底写真上:右眼,下:左眼.右眼に視神経萎縮を認める.図2b症例2のGoldmann動的視野検査所見上:右眼,下:左眼.傍中心暗点を認める.4症例6症例712432135症例5126345:発端者:正常または未定:発症者:保因者:DNA検査済図3家系図———————————————————————-Page41450あたらしい眼科Vol.25,No.10,2008(122)間内服.このとき右眼の視神経の色調はやや不良となっていた(図4).その後はビタミンB群(ビタメジンR)の内服にて経過をみており,同年12月26日右眼(0.03),左眼(0.02)となり右眼の視神経萎縮は進行している.対光反応については記載なし.視野検査や蛍光眼底造影検査,色覚検査,中心フリッカー試験は行っていない.〔症例4〕症例2の妹:8歳,女児.〔症例5〕症例2の弟:3歳,男児.〔症例6〕症例1の父:65歳,男性.〔症例7〕症例1の母:56歳,女性.現病歴:症例47においては自覚症状はなかったが,家族性の確認のため平成17年12月28日当院初診.初診時所見:ミトコンドリアDNA検査を行ったところ,11778番ヘテロプラスミー変異を症例4,5,7に認めた.症例6では異常は認めなかった(図5c).眼底検査を行ったところ症例5に両眼,特に右眼の視神経萎縮を認めた(図6).症例5の視力は両眼とも0.8で,他の家族に異常は認めなかった.経過:全症例で現在視力障害の訴えはないが,症例5では行動異常知能発達障害を認めている.II考按今回筆者らは原因不明の視神経萎縮を認めた若年女性につ未1131.124bp(異変型)正常型2混在型3図5a症例1のmtDNA11778解析1131.124bp(異変型)正常型2混在型3図5b症例2のmtDNA解析1正常型2混在型3図5c父親のmtDNA点突然変異を認めず正常.図4症例3(31歳,女性)の眼底写真上:右眼,下:左眼.右眼視神経萎縮を認める.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.10,20081451(123)いてミトコンドリアDNA解析を施行し,LHONと診断できた家系より数名の女性発症者を認めた.8歳の姉が発症していないにもかかわらず,男児では3歳という若年齢ですでに視神経萎縮を認めていたことより,従来の報告通り1)同じ遺伝子をもっていても性別により浸透率に相違があることがわかる.女性より男性のほうが発症率が高いことについて,X染色体劣性遺伝子の可能性や核遺伝子の影響が考えられたこともあったが,現時点ではこれらの考えは否定的である.深水ら7)は女性に発症した場合は男性に比べて少なくとも片眼は症状が軽い可能性があると報告しているが,本症例においてはそうともいえない.一方,女性は同じ遺伝子をもっていても発症する者としない者が存在し,また発症する者でも時期に違いがあり,発症には何らかの誘因が関わっていることが示唆される.過去の報告では発症因子として喫煙やアルコール,性ホルモンが考えられている2,5).思春期以降から更年期までの発症を認めることより性ホルモンの関与4)や授乳が発症のトリガーになる可能性が指摘されている3)が今回,思春期以前,10歳以下の幼児においても発症することがわかった.中年発症例も報告されていることより6,7),年齢においてLHONを否定することはできない.発症にはさまざまな因子が関係していると思われる.LHONは日本人家系でも欧米人家系でも女性における浸透率は低いと考えられており4,5),特に幼小児だと弱視11)や心因性視力障害,検査に非協力的であるためなどと考えられる可能性があり,確定診断としてLHONは見落とされる可能性がある.またLHONでは初期には視神経萎縮が出現しないことも診断を困難にする一因である.遺伝子解析という複雑な検査や母系遺伝であることも家族間のトラブルを生む可能性があり8),説明には十分慎重を要する.いくつかの独立した研究により,LHONを発症した女性の子孫は未発症の女性の子孫より有意に高い率で発症することが示されている4,9,10).LHONの患者を診た場合,現時点でその家系に眼疾患歴がなくともできる限りの家系単位で定期的な検査を継続していくべきであると考える.一方で女性発症は年々減少している5)との報告もある.今回経験した症例より,稀であっても女性や女児においてもLHONを発症する可能性があり,原因不明の視力障害や治療が奏効しない視神経炎を認めたときにはLHONも念頭に置き注意して経過観察を行う必要があると考えられた.今後できる限り症例を増やし,女性発症と男性発症を比較し,トリガーとなるものが何かを解明することが本症の予防や治療につながると考える.また,2008年2月5日,イギリスのニューカッスル大学の研究チームが体外受精で残った不完全な胚を使って,男性1人と女性2人のDNAからヒトの胚を合成することに成功したと発表した.体外受精の過程で卵子の細胞の核を第三者の卵子に入れ,核の遺伝子は親のもの,ミトコンドリアDNAは第三者のものになるようにし,ミトコンドリアDNAに含まれる欠陥が子供に遺伝しないようにしたという.倫理面上の問題もあるが,同研究チームは5年以内に遺伝病の治療に活用できるようになるようになることを期待している.将来LHONの発症を未然に防ぐことができるようになる日が来るかもしれない.文献1)PovaikoN,ZakharovaE,RudenskaiaGetal:AnewsequencevariantinmitochondrialDNAassociatedwithhighpenetranceofRussianLeberhereditaryopticneu-ropathy.Mitochondrion5:194-199,20052)真島行彦:レーベル病.神経眼科11:34-41,19943)井街譲:レーベル氏病.附.優性型幼児性視神経萎縮症.図6症例5(弟,3歳)の眼底写真上:右眼,下:左眼.右眼視神経の色調が蒼白である.———————————————————————-Page61452あたらしい眼科Vol.25,No.10,2008(124)日眼会誌77:1685-1735,19734)中村誠:Leber遺伝性視神経症.臨眼61(増):98-102,20075)中村誠:レーベル遺伝性視神経症の発症分子メカニズムの展望.日眼会誌109:189-196,20056)筒井一夫,新田進人,西信元嗣:ミトコンドリアDNA解析により診断確定したレーベル病の中年発症例.眼臨94:434-438,20007)深水真,藤江和貴,若倉雅登:女性に発症したレーベル遺伝子性視神経症の特徴.臨眼57:427-430,20038)若倉雅登:視神経疾患のロービジョンケア.眼紀58:138-141,20079)CarelliV,GiordanoC,d’AmatiG:PathogenicexpressionofhomoplasmicmtDNAmutationsneedsacomplexnuclear-mitochondrialinteraction.TrendsGenet19:257-262,200310)PuomilaA,HamalainenP,KiviojaSetal:EpidemiologyandpenetranceofLeberhereditaryopticneuropathyinFinland.EurJHumGenet(Epubaheadofprint):200711)YokoyamaT,FujiiK,MurakamiAetal:Long-termfol-low-upoftwosisterswithLeber’shereditaryopticneu-ropathy.JpnJOphthalmol50:78-80,2006***