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片眼の下転障害を初発とし,全眼球運動障害に至ったMiller Fisher症候群の1例

2017年9月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科34(9):1330.1333,2017c片眼の下転障害を初発とし,全眼球運動障害に至ったMillerFisher症候群の1例山本美紗古川真二郎平森由佳寺田佳子原和之地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科CACaseofMillerFisherSyndromewithTotalOphthalmoplegiainBothEyesDevelopedafterOnsetofUnilateralInfraductionDe.ciencyMisaYamamoto,ShinjiroFurukawa,YukaHiramori,YoshikoTeradaandKazuyukiHaraCDepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital目的:今回筆者らは左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMillerFisher症候群のC1例を経験したので報告する.症例:31歳,女性.前日からの複視の精査加療目的で当科を受診.初診時,主訴は下方視時の複視であった.眼球運動検査で左眼下転障害を認めた.自覚的に左眼下直筋の作用方向で複像間距離が最大であった.全身の神経学的検査では異常は認められなかった.頭部磁気共鳴画像検査で左上顎洞炎の所見を認め,複視の原因として炎症の波及が疑われた.4日後,歩行障害,全眼球運動障害が出現した.これらの所見と抗体測定により,MillerFisher症候群と診断された.CPurpose:WereportacaseofMillerFishersyndromewithtotalophthalmoplegiainbotheyesaftertheonsetofleftinferiorrectusmusclepalsy.Case:A31-year-oldfemalewithacuteonsetdiplopiaatdownwardgazefromthepreviousdaywasreferredtous.Eyeexaminationrevealedinfraductiondefectinthelefteye.VerticaldiplopiaappearedCwithCtheCdownwardCgazeConlyCandCincreasedCwithClowerCleftward.CGeneralCneurologicalCexaminationCdidCnotshowanyabnormalities.Leftmaxillarysinusitiswasdetectedwithmagneticresonanceimaging,thein.amma-tionwasconsideredtobeacauseofherverticaldiplopia.After4days,shedevelopedataxiaofgaitandtotaloph-thalmoplegia.CBasedConCtheCaboveC.ndingsCandCidenti.cationCofCantibodiesCinCserum,CMillerCFisherCsyndromeCwasCdiagnosed.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(9):1330.1333,C2017〕Keywords:MillerFisher症候群,副鼻腔炎,全眼球運動障害,先行感染.MillerFishersyndrome,sinusitis,totalophthalmoplegia,priorinfection.Cはじめに眼球運動は虚血,頭蓋内病変,炎症などさまざまな疾患により障害される1).悪性腫瘍や動脈瘤による報告もあり1),眼球運動障害の原因を早期に特定することは臨床上重要である.眼球運動障害を伴い,重症化すれば全身的に異常をきたす疾患としてCMillerCFisher症候群(MillerCFisherCsyn-drome:MFS)がある.MFSは,1956年にCMillerCFisherによって報告された急性に発症する外眼筋麻痺,運動失調,深部腱反射の低下をC3徴とする疾患である2).眼球運動所見は両眼の全眼球運動障害を呈することが知られている.MFSの約C9割に先行感染の既往が認められており,眼球運動障害をきたす患者に対して,先行感染の既往を聴取することはCMFSの鑑別において重要であると報告されている3,4).今回筆者らは,左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMFSのC1例を経験し,初診時の問診によるCMFSの鑑別が重要であると考えられたため,報告する.CI症例31歳,女性.左上顎歯痛により,歯科を受診したところ左副鼻腔炎を指摘され,翌日耳鼻咽喉科を受診.左急性副鼻〔別刷請求先〕山本美紗:〒730-8518広島市中区基町C7-33地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科Reprintrequests:MisaYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital,7-33Motomachi,Nakaku,Hiroshima730-8518,JAPAN1330(118)腔炎と診断され,抗菌薬内服による治療を開始された.しかし,同日夕方から発熱,頭痛,複視が出現し,翌日再度耳鼻咽喉科を受診.副鼻腔炎の増悪が疑われ精査加療目的で,2016年C3月下旬当院耳鼻咽喉科を紹介で初診.さらに同日,複視の精査目的のため当科を紹介で初診.当科初診時所見:主訴は前日からの下方視時の複視であった.視力は両眼とも矯正で(1.0).眼位は交代遮閉試験で軽度の外斜位.眼球運動検査で左眼下転障害を認めた.眼瞼下垂は認められなかった.Hess赤緑試験で左眼の下転,上転障害が認められた(図1上).しかし,自覚的には左眼下直筋の作用方向で複像間距離が最大であり,正面視と上方視で複視の訴えはなかった.両眼単一視野検査では,下方注視のみで複視が認められた(図1下).瞳孔は正円同大で,対光反射も直接反応,間接反応ともに迅速であった.前眼部,中間透光体,眼底に異常は認められなかった.副鼻腔CcomputedCtomography(CT)では,左上顎洞に陰影所見が認められた(図2a).採血検査で,CRP値はC0.212と高値を示した.複視の原因としては上顎洞炎の所見は軽度であると考え,全身的な精査も含めて神経内科に精査を依頼した.全身の神経学的な検査では異常を認めなかった.頭部magneticCresonanceCimaging(MRI)で,両側の上顎洞と視図1初診時のHess赤緑試験と両眼単一視野上:Hess赤緑試験.左眼下転,上転障害が認められた.下:両眼単一視野.下方注視時のみ複視が認められた.C神経が高輝度に描出された(図2b).年齢と性別を考慮し視神経炎および多発性硬化症も疑われた.しかし,矯正視力は良好で視力低下の訴えはなく,視神経乳頭および瞳孔所見は正常であった.さらにCMRI上,頭部に異常は認められず全身に神経学的な異常を認めなかったことから多発性硬化症は否定された.複視の原因として上顎洞と視神経の高輝度所見は左側に優位に認められており,上顎洞の炎症が眼窩内に波及したと考えた.眼窩内への炎症の波及以外に複視の原因と考えられる異常所見を認めず,左眼窩下直筋近傍への上顎洞炎の波及と診断され経過観察となった.経過:2日後より症状が悪化し前回受診時よりC4日後,耳鼻科を再診.歩行障害,力が入りにくいなどの神経学的異常が認められたため,神経内科,眼科へ再び精査目的で受診.再診時の眼球運動検査では,左眼瞼下垂および,両眼の全眼球運動障害が認められた(図3).両側性の外眼筋麻痺と歩行障害の所見からCMFSを疑い,再度詳細に問診を行ったところ,10日前に発熱の既往があった.抗体検査では抗CGQ1b図2CT,MRI所見a:CT.左上顎洞に陰影所見が認められた.Cb:MRI.両側の上顎洞と視神経が高輝度に描出された.図3再診時の9方向眼球運動写真両眼ともに全眼球運動が認められた.抗体陽性でありCMFSの診断が確定した.入院加療が行われ,免疫グロブリン大量静注法がC5日間施行された.加療C4日目より症状の改善を認め,約C1カ月後の再診時には眼球運動障害,歩行障害ともに消失していた.CII考按眼球運動はさまざまな疾患により障害され,なかには悪性腫瘍や動脈瘤など生命予後にかかわる重症例の報告もあり,眼球運動障害の原因を早期に特定することは臨床上重要である1).今回筆者らは,片眼の左眼下直筋障害で発症し,全眼球運動障害に進行したCMFSを経験した.初診時には症状が軽度であったため,複数の診療科を受診しさまざまな検査が行われたが診断に至らなかった.MFSについてC3徴が揃わない不完全例が多く報告されている.全眼球運動障害または両側性外転神経麻痺を示したMFSについての報告では3,4),発症直後の眼球運動所見が不明である.MFSは臨床症状のピークに向かうにつれて全身状態が悪化することから眼球運動障害も同様の経過を辿ると考えられる.本症例は,左下直筋の単筋障害で発症し,全身症状の増悪とともに全眼球運動障害へと進行した.これは過去に両側性眼球運動障害と報告された症例においても,片眼性あるいは単筋の眼球運動障害であった可能性を示唆する.歩行障害や全外眼筋麻痺などの所見を示していればCMFSの診断は容易であると考えられる.しかし,患者はCMFSの診断が行われるまでに複数の医療機関を受診するとの報告があり4),MFSは本症例のように発症初期には典型的な両眼性眼球運動障害を示さない可能性があると考えられた.よって急性発症の眼球運動障害を呈する症例においては,片眼性で単筋の障害であったとしてもCMFSの可能性を念頭に置く必要があると考える.MFSのC3徴以外の特徴として先行感染の存在,眼瞼下垂,顔面神経麻痺,瞳孔障害,眼球運動痛,四肢のしびれ,異常感覚が報告されている3,4).なかでも先行感染は約C9割に認められることが報告されている.感染症状から神経症状発現までの期間は同日発症からC30日までの範囲で,2週間以内が約C9割を占める3,4).MFSの感染因子はCCampylobacterjejuni,HaemophilusCin.uenzaeなどが知られている5).HaemophilusCin.uenzaeが感染因子として示唆された副鼻腔炎によるCMFSの報告もある6,7).本症例は上顎洞炎の原因菌の同定は行っていないが,上顎洞炎発症から半日以内に複視が出現しており,10日前の発熱の既往が先行感染として疑わしいと考えられた.本症例はCHess赤緑試験で左眼に上転障害も認められた.上転障害があれば上方視時にも複視を自覚すると考えられるが,複視は下方視時のみで認められている.正面視で上下斜視を認めていないことから,下転障害とともに上転も障害されていた可能性はあるが,下転障害に比べ軽度であったために視診および自覚的検査では検出できなかったと考えた.教科書的に後天性眼球運動障害の診断における問診には家族歴,既往歴,発症状況,日内変動,疼痛,全身疾患の有無などの記載がある8).しかし,先行感染の既往については見逃されやすいと考えられた.今回,左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMFSのC1例を経験した.後天性眼球運動障害の原因が判明してない段階では,MFSの可能性を考慮し,単筋の運動障害が疑われても先行感染の既往の聴取が臨床上簡便かつ重要であると考えた.文献1)Yano.CM,CDukerCJ:ParalyticCStrabismus.COphthalmologyC4thEdition,1225-1232,e2,ELSEVIER,London,20142)FisherCM:AnCunusualCvariantCofCacuteCidiopathicCpoly-neuritis(syndromeofophthalmoplegia,ataxiaandare.ex-ia).NEnglJMedC255:57-65,C19563)大野新一郎:Fisher症候群.あたらしい眼科30:775-781,2013染が示唆されたFisher症候群.日耳鼻C111:628-631,C4)大野新一郎,三村治,江内田寛:Fisher症候群C19例の2008臨床解析.日眼会誌119:63-67,C20157)小川雅也,古賀道明,倉橋幸造ほか:Haemophilusin.uen-5)KogaCM,CYukiCN,CTaiCTCetCal:MillerCFisherCsyndromeCzae感染の先行が示唆されたCFisher症候群のC1例.脳神経CandHaemophilusin.uenzaeinfection.NeurologyC57:686-54:431-433,C2002691,C20019)三村治:神経眼科診察法.神経眼科を学ぶ人のために,6)井上博之,古閑紀雄,石田春彦ほか:蝶形骨洞炎の先行感p17-18,医学書院,2014***