《第9回日本視野画像学会原著》あたらしい眼科38(11):1325.1329,2021c運転外来にて認知機能障害が明らかになった2例平賀拓也*1國松志保*1野村志穂*1小原絵美*1黒田有里*1井上順治*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院CTwoCasesofAdvancedGlaucomainwhichDrivingSimulatorTestingRevealedCognitiveImpairmentTakuyaHiraga1),ShihoKunimatsu-Sanuki1),ShihoNomura1),EmiObara1),YuriKuroda1),JunjiInoue1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospitalC西葛西・井上眼科病院運転外来では視野障害患者に,ドライビングシミュレータ(以下,DS)を施行している.今回筆者らは,DSを行った際に認知機能障害が疑われた緑内障患者C2例を報告する.症例C1:77歳,男性.DSを施行したところ,15場面中C3場面にて事故を起こした.DSリプレイ映像にて自分の視野障害を理解できなかった.認知機能検査CMini-MentalCStateExamination(MMSE)はC23点(30点満点)であった.症例C2:84歳,女性.DSのC15場面中C7場面にて事故を起こした.DSでは信号や止まれの標識を見ながら停止しなかった.MMSEはC22点であった.結論:高齢緑内障患者で,認知機能が低下し,自分の視野障害を理解できない場合は,家族を交えて説明し,必要に応じて,認知症専門病院への受診を勧めることも大事である.CPurpose:ToCreportCtwoCelderlyCcasesCwithCadvancedCglaucomaCinCwhichCcognitiveCimpairmentCwasCdetectedbydrivingsimulator(DS)testingattheNishikasaiInoueEyeHospital.CaseReports:Case1involveda77-year-oldmalewithadvancedglaucomawhofailedin3outof15DStestscenarios.Thepatientscored23outof30ontheMini-MentalStateExamination(MMSE)C,atestforcognitivefunction,andfailedtounderstandthathisvisual.eldChadCnarrowed.CCaseC2CinvolvedCanC84-year-oldCfemaleCwithCadvancedCglaucomaCwhoCfailedCinC7CoutCofC15DSCtestscenarios.Thepatientscored22outof30ontheMMSE.TheDStestresultsshowedthatshefailedtoignoretheredstopsignal4times,andreplaywitheye-trackingrevealedthatalthoughshewatchedtheredstopsignalorsign,shefailedtostop.Conclusion:Inelderlyglaucomapatientswithsuspectedlossofcognitivefunction,thepatientmightbeunabletounderstandtheirownvisual.eldimpairment.Insuchcases,itisimportanttoexplainthesuspectedcognitiveimpairmenttothepatientandtheirfamily,andifnecessary,referthepatienttoademen-tiaspecialistforconsultation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(11):1325.1329,C2021〕Keywords:ドライビングシミュレータ,MMSE,認知症.drivingsimulator,MMSE,dementia.はじめに日本では,高度な視野障害を認めても,中心視力が良好であれば運転免許の取得・更新は十分可能である.しかし,信号や道路標識を認識し,右折・左折時の歩行者や自転車の確認をするためには,視力だけでなく,十分な視野が必要であり,自動車運転を継続している視野障害患者では,視野障害による安全確認の不足が原因の交通事故を引き起こしうる1).そのため,眼科診療の場での的確な助言が必要と考えられる.近年,高齢ドライバーの事故が増加しており,とくに認知機能低下による自動車事故が問題になっている.視野障害をきたす代表的な疾患である緑内障は,加齢に伴い有病率は増加する2).高齢緑内障患者のうち,視野障害に加えて認知機能が低下している場合は,安全に運転できる可能性はさらに〔別刷請求先〕平賀拓也:〒134-0088東京都江戸川区西葛西C3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequest:TakuyaHiraga,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(87)C1325低くなると思われる.ドライビングシミュレータ(以下,DS)では,同一の運転条件で被検者の運転能力を調べることができる.筆者らは,速度一定の条件下で,視野障害患者が事故を起こしやすいと予想される場面を織り込んだ視野障害患者用CDSを開発し,70歳未満の後期緑内障患者〔両眼ともCHumphrey視野計24-2プログラム(HFA24-2)にて,meandeviation(MD)C.12CdB以下〕では,視野障害度が高いほど,DSでの衝突が多いこと3),右折してくる対向車との衝突事故には,年齢が高く,視力が悪いだけでなく,中心下方C24°内の視野障害度が高いことが関与していること4)を報告した.そして,西葛西・井上眼科病院(以下,当院)では,このCDSを用いて2019年C7月に日本の眼科医療機関では初めてとなる「運転外来」を開設した.「運転外来」では,視野障害患者に対して認知機能検査CMini-MentalCStateExamination(MMSE;CorientationCMMSE10点,recallCMMSE6点,attentionCMMSE5点,languageCMMSE9点の計C30点満点)を実施したあと,DSを行い,その後リプレイ映像を見ることにより,運転場面ごとに視野障害の与える危険性を患者自身に認識させている.今回,筆者らは,高齢緑内障患者に対して,DSの結果とMMSEを照らし合わせることにより,認知機能障害の可能性を明らかにすることができたC2例を経験したので報告する.CI症例〔症例1〕77歳,男性(落屑緑内障).2019年C7月に左眼がぼやけるため近医を受診し,眼圧高値(右眼C28CmmHg,左眼C48CmmHg)を認めたため,手術目的にて同年C7月に当院に紹介となった.運転歴:18歳時からC59年間.自宅から車の修理工場まで片道徒歩C5分の道をC1日に何度も車で往復している.過去C5年間の事故歴はなく,運転時,視野障害の自覚はない.20年前に両眼とも白内障手術を施行され,「よく見えるようになった」ため,術後は,眼科での定期検査は受けていなかった.初診時視力は右眼(1.0),左眼(0.8),眼圧は右眼25CmmHg,左眼C50CmmHg.HFA24-2にて,MDは右眼C.24.73CdB,左眼C.22.86CdB.両眼重ね合わせ視野で中心約10°の求心性視野障害を認めた.身体障害者手帳は視野障害5級に該当した.同年C8月にCDSを施行したところ,15場面中C3場面(左からの飛び出しC1回,右折してくる対向車との衝突C2回)にて事故を起こした.また,ブレーキを踏むタイミングが遅れる場面や,警戒しすぎて走行中に停止指定位置以外で停止してしまう場面もあった.DS後にリプレイ映像を見ながら説明していたところ,停止線オーバーをした赤信号の場面(図1)で,「信号を見ているときは信号しか見えず,車を見ているときは車しか見えない」「君たちは見えるのか」と問われた.自分と他人の見え方は同じだと思っていたようで,何度説明しても,自身に視野障害があることを理解することが困難だった.MMSECtotalCscoreはC30点中C23点(orientationMMSEは10点中10点,recallMMSEは6点中3点,CattentionMMSEはC5点中C1点,languageMMSEはC9点中9点)と認知症が疑われたため,同年C9月に認知症専門病院を紹介し,「混合型認知症」と診断され,運転免許の自主返納を認知症専門医から勧められ,同年C11月に返納した.〔症例2〕84歳,女性(原発開放隅角緑内障).2011年から近医で緑内障治療を行っていたが,点眼アドヒアランス不良のため,2019年C10月に当院へ紹介となった.運転歴:50歳からC34年間.テニススクールに週C1回C40分,買い物のため,週C1回C30分運転をしている.過去C5年間の事故歴は,物損事故がC3回であった.運転時,視野障害の自覚はない.初診時視力は右眼(0.8),左眼(1.0),眼圧は右眼C18CmmHg,左眼C19CmmHg.HFA24-2にて,MD値は右眼.18.08CdB,左眼C.13.14CdB.両眼重ね合わせ視野では,左上方に視野障害が認められた.身体障害者手帳は視野障害C5級に該当した.同年C12月にCDSを施行したところ,15場面中C7場面(信号無視C3回,止まれの見落としC2回,左からの飛び出しC2回)で事故を起こした.リプレイ映像で確認したところ,赤信号や一時停止の標識は視野障害部位には一致せず(図2),赤信号や止まれの標識を確認しているのにもかかわらず,停止せずに走行していることがわかった.MMSECtotalCscoreはC30点中C22点(orientationMMSEはC10点中C7点,recallMMSEはC6点中C5点,attentionMMSEはC5点中C1点,lan-guageMMSEはC9点中C9点)であり,認知症による判断力の低下が疑われたため,認知症専門病院受診を勧めた.その結果,「軽度認知機能障害」と診断され,経過観察となった.眼科担当医より,移動にあたっては,なるべく公共の交通手段を利用するように勧めたところ,家族の説得もあり,2020年C7月に運転を中止した.CII考按今回,筆者らは,高齢緑内障患者に対して,DSの結果とMMSEを照らし合わせることにより,認知機能障害の可能性を明らかにすることができたC2例を報告した.DSを用いた高齢者に対する安全運転のための教育は,自動車教習所での高齢者講習時などに行われているが,非眼科医療機関で行うため,個々の眼疾患を把握して教育することは不可能である.一方,眼科医療機関でCDSを用いた場合は,視野障害の程度を把握したうえで運転アドバイスができると両眼重ね合わせ視野図177歳,男性(緑内障)上:Humphrey視野計中心C24-2プログラムにて,MD値は右眼C.24.73dB,左眼C.22.86CdBであった.下:DSを施行したところ,赤信号の場面で停止線オーバーをしたため,リプレイ映像で説明しようとしたところ,「信号を見ていると,信号しか見えない.黄色い車を見ていると,黄色い車しか見えない.」と述べた,「君たちは見えるのか」と問われた.リプレイ映像の黄色矢印は注視点(赤)の位置を示している.いう利点がある.筆者らは,日本の眼科医療機関としては初めてとなる「運転外来」を開設した.アイトラッカー搭載DSを用いて,走行中の視線を記録して,リプレイ映像を見ながら,対象物を認識できなかったことにより,事故が起こりうることを,患者や家族に説明している.そして,視野検査結果と照らし合わせてどのような運転場面で注意が必要かを助言している.しかし,症例C1では,視野障害により事故が起こりうることを説明しても,自身の視野障害を理解できなかった.また,症例C2では,リプレイ機能を用いて,患者の視線を確認したところ,信号や一時停止を確認しながら,通り過ぎていたことがわかった.両症例とも,MMSEの点数が低かったことから認知症が疑われた.MMSEは,認知症スクリーニングテストとして有用な検査であり,orientationMMSE(時間と場所の見当識),recallMMSE(3単語の即時再生,遅延再生),attentionCMMSE(100からC7を順に引く計算),languageMMSE(復唱,3段階命令,図形模写,書字作文,読字理解,物品呼称)の四つに分類され,11項目の質問形式で構成されている5).O’Connorらは,高齢者ドライバーC419名を対象に,MMSEscore25点未満の認知機能低下(cognitiveCimpairment:CI)群C172名と,25点以上の非認知機能低下(nocognitiveim-両眼重ね合わせ視野図284歳,女性(緑内障)上:Humphrey視野計中心C24-2プログラムにて,MD値は右眼C.18.08dB,左眼C.13.14CdBであった.下:DSを施行したところ,信号や止まれの標識の場面で,停止せずに通り過ぎてしまった.「止まれ」の標識の場面で,注視点(赤点)に両眼視野の結果を重ねると(左図),止まれの標識は視野障害部位には一致せず(右図),止まれの標識を確認しているのにもかかわらず,停止せずに,通り過ぎたことがわかった.リプレイ映像の黄色矢印は注視点(赤)を示している.pairment:NCI)群C247名に分けて,運転能力とCMMSEスコアとの関連を検討した.その結果,CI群はCMMSECtotalscore,attentionMMSE,NCI群はCMMSEtotalscore,ori-entationMMSEと運転能力が関連しており,自動車運転能力の予測に対するCMMSEが有用であったと報告している6).本症例はCMMSEtotalscoreは,症例C1がC30点中C23点,症例2が30点中22点,attentionMMSEが2例とも5点中1点と低下しており,2例とも既報と一致していた.近年は,認知症の高齢ドライバーによる交通死亡事故が報道されることが多く,警察庁では,2017年に道路交通法を改訂し,75歳以上のドライバーで,特定の事故を起こした場合は,3年ごとの高齢者講習での認知機能検査を待たずに,すみやかに認知機能検査を受けることになった.また,高齢者が自動ブレーキ装置のついた車種のみ運転できる限定免許の導入を検討するなど,高齢ドライバーの事故の削減のための対策が検討されている.今後,眼科医療機関でも,高齢視野障害患者に対しては,認知機能や身体能力が低下していることを念頭に置いて,患者指導をする必要があると考えられる.緑内障は,自覚症状に乏しい疾患であるが,本症例のように,認知機能低下が加わった場合,視野障害が原因と思われる事故を起こしていても,そのことを理解できないことが考えられる.また,視野障害と一致しない事故場面がある場合,MMSEの結果をふまえて判断することで,DSでの事故が,認知機能の低下によるものか,身体能力の低下によるものかを区別することができる.いずれの場合でも,家族を交えてよく説明し,公共の交通手段を利用するよう勧めることが大事である.また,MMSEが低値の場合,認知症専門病院への受診を勧めることも必要である.高齢者の緑内障に対するCDSは,視野障害に対する運転適性の評価だけでなく,ときには認知症の検出にも役立つことがあると考えられた.高齢視野障害患者の運転指導のためには,アイトラッカー搭載CDSを用い,認知機能検査結果を考慮して眼科医療機関で指導を行うことが有効であると考えられた.文献1)青木由紀,国松志保,原岳ほか:自治医科大学緑内障外来にて交通事故の既往を認めた末期緑内障患者のC2症例.あたらしい眼科C25:1011-1016,C20082)IwaseA,SuzukiY,AraieM:TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomaCinJapanese:theCTajimiCStudy.COphthalmologyC111:1641-1648,C20043)Kunimatsu-SanukiS,IwaseA,AraieMetal:Anassess-mentofdriving.tnessinpatientswithvisualimpairmenttoCunderstandCtheCelevatedCriskCofCmotorCvehicleCacci-dents.BMJOpenC5:e006379,C20154)Kunimatsu-SanukiS,IwaseA,AraieMetal:Theroleofspeci.cCvisualCsub.eldsCinCcollisionsCwithConcomingCcarsCduringCsimulatedCdrivingCinCpatientsCwithCadvancedCglau-coma.BrJOphthalmol101:896-901,C20175)FolsteinCMF,CFolsteinCSE,CMcHughPR:C“Mini-mentalCstate”.Apracticalmethodforgradingthecognitivestateofpatientsfortheclinician.JPsychiatrResC12:189-198,C19756)OC’ConnorCMG,CDuncansonCH,CHollisAM:UseCofCtheCMMSECinCtheCpredictionCofCdriving.tness:RelevanceCofCspeci.csubtests.JAmGeriatrSoc67:790-793,C2019***