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健康成人の片眼に発症した内因性真菌性眼内炎

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(135)135《原著》あたらしい眼科29(1):135?138,2012cはじめに内因性真菌性眼内炎は経中心静脈内高カロリー輸液(intravenoushyperalimentation:IVH)留置,または悪性腫瘍,臓器移植後,あるいは免疫抑制薬の長期投与など,免疫能の低下を招く基礎疾患を背景に発症することが広く知られている.約78%が両眼性発症であり1),片眼性は少ない.今回筆者らは,上述する発症因子のみられない健康成人の片眼に発症し,診断・治療に苦慮したが,最終的に硝子体手術検体の鏡検で確定診断がついた真菌性眼内炎の1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕宇野友絵:〒060-8638札幌市北区北15条7丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野Reprintrequests:TomoeUno,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Kita15,Nishi7,Kita-ku,Sapporo060-8638,JAPAN健康成人の片眼に発症した内因性真菌性眼内炎宇野友絵*1,2南場研一*1加瀬諭*1齋藤航*1北市伸義*3,4大野重昭*4石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*2函館中央病院眼科*3北海道医療大学個体差医療科学センター眼科*4北海道大学大学院医学研究科炎症眼科学講座ACaseofUnilateralCandidaEndophthalmitisinaHealthyFemaleTomoeUno1,2),KenichiNamba1),SatoruKase1),WataruSaito1),NobuyoshiKitaichi3,4),ShigeakiOhno4)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,HakodateCentralGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmology,HealthSciencesUniversityofHokkaido,4)DepartmentofOcularInflammationandImmunology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:健康成人に発症した片眼性真菌性眼内炎の1例について報告する.症例:69歳,女性.眼および全身に既往歴はない.初診時の視力は右眼0.9で,右眼に線維素析出を伴う前房炎症および一部塊状の硝子体混濁がみられた.ステロイド薬の局所治療を行ったが,強膜充血,前房蓄膿の形成,硝子体混濁の増強および斑状網膜滲出斑が出現した.ステロイド薬全身投与後にさらに増悪したため,硝子体切除術を施行した.硝子体液の培養および血清中b-d-グルカンは陰性であったが,硝子体液中のb-d-グルカン濃度は711.6pg/mlと高値を示し,硝子体細胞診のperiodicacidSchiff(PAS)染色で多数のカンジダ菌糸が確認された.結論:非典型的な内因性真菌性眼内炎の診断には,血中だけではなく,硝子体液中のb-d-グルカン測定や切除検体の組織学的検査が有用である.Purpose:Toreportacaseofunilateralfungalendophthalmitisinahealthyfemale.Case:A69-year-oldhealthyfemalewithconjunctivalrednessandocularpainof6days’durationinherrighteyewasseenataneyeclinic.Sincecorticosteroideyedropshadnoeffect,shewasreferredtotheDepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityHospitalatonemonthafteronsetofsymptoms.Historyofoculartraumaorsurgerywasneverreported.Severeanterioruveitiswithfibrinandposteriorsynechia,andvitreoushazewereobservedinherrighteye.Visualacuitywas0.9,righteye.Despitetreatmentwithlocalandsystemiccorticosteroids,theocularinflammationandvitreoushazegraduallyworsened.ChestandbodyX-ray,andbloodtestresultswerenormal.Serumb-d-glucanwasnegative.Sixmonthslater,vitrectomywasperformedonherrighteye.Theb-d-glucanvaluewaselevatedto711.6pg/mlinthevitreousfluid.VitreouscytologydisclosedCandidawithperiodicacid-Schiffstaining.Conclusion:Indiagnosingatypicalfungalendophthalmitis,vitreousfluidb-d-glucandeterminationandvitreouscytologyareusuful.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):135?138,2012〕Keywords:真菌性眼内炎,b-d-グルカン,硝子体手術,カンジダ,periodicacidSchiff(PAS)染色.fungalendophthalmitis,b-d-glucan,vitrectomy,Candida,periodicacid-Schiffstain(PASstain).136あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(136)I症例患者:69歳,女性.主訴:右眼充血,眼痛.現病歴:2008年7月19日右眼に充血,眼痛が出現した.改善がみられないため7月25日近医を初診した.右眼に線維素析出,虹彩後癒着を伴う前房炎症がみられ,ステロイド薬の点眼治療で改善がみられないため,発症から約1カ月後の8月18日に北海道大学病院眼科を紹介され初診した.既往歴:1998年に大腸癌で大腸部分切除術を受けているが,その後再発や転移はみられていない.内眼手術や眼外傷の既往はない.初診時眼所見:視力は右眼0.9(矯正不能),左眼0.3(0.8×+1.25D),眼圧は右眼14mmHg,左眼21mmHgであった.右眼に線維素析出,虹彩後癒着を伴う前房炎症,そしてびまん性,一部塊状の硝子体混濁がみられた(図1).一方,網膜滲出斑,出血,網膜血管の白鞘化はみられなかった.また,左眼に異常はみられなかった.検査所見:血液検査,尿検査では血清b-d-グルカンを含め異常はみられず,胸部X線写真でも異常所見はなかった.加えて全身的に真菌感染症を疑う所見はなく,この時点でぶどう膜炎の原因同定には至らなかった.経過:2008年8月から2009年2月までの経過を図2に示す.初診時からステロイド薬の点眼治療のみで経過をみていたが,前房炎症・硝子体混濁は持続した.炎症悪化時にはデキサメタゾン結膜下注射やトリアムシノロンアセトニド後部Tenon?下注射を適宜施行したが,反応は乏しかった.図1初診時の右眼眼底写真びまん性および一部塊状の硝子体混濁がみられる.前房炎症前房蓄膿硝子体混濁視力トリアムシノロン40mg後部Tenon?下注射デキサメタゾン4mg結膜下注射プレドニゾロン30mg内服2008年8月9月10月11月12月2009年1月10.80.60.40.20図22008年8月から2009年2月までの右眼視力と炎症所見の推移図32008年10月時の右眼前眼部写真右眼視力は0.01(矯正不能)に低下し,強い強膜充血と前房蓄膿の形成がみられる.図42009年2月時の右眼眼底写真硝子体混濁は増悪し雪土手状滲出性病変が出現している.(137)あたらしい眼科Vol.29,No.1,20121372008年10月右眼炎症所見が増悪し,右眼矯正視力は0.01に低下した.強膜充血,前房蓄膿の形成(図3),硝子体混濁の増強および斑状網膜滲出斑が出現した.プレドニゾロン内服を開始したが右眼炎症所見は改善しなかった.その後,耳側網膜周辺部に円周状の白色混濁が集積した雪土手状滲出性病変が出現し,硝子体混濁も増悪した(図4).再び原因検索のため,前房水を採取してpolymerasechainreaction(PCR)検査を行ったが,水痘帯状ヘルペスウイルス,単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスのいずれのDNAも検出されなかった.血液中のb-d-グルカン値,カンジダ抗原,トキソカラ抗体(enzyme-linkedimmunosorbentassay:ELISA法)検査もいずれも陰性であった.この時点で診断的硝子体手術を考慮したが患者の同意が得られなかった.積極的に感染症を疑う根拠に乏しく,炎症性疾患を考えてステロイド薬治療を継続し,改善・悪化がみられず経過した.しかし,ステロイド薬への反応が乏しいこと,病状の進行が比較的緩やかであること,雪土手状滲出性病変の存在から真菌性眼内炎を疑い,2009年2月19日から抗真菌薬(ミカファンギン)の点滴を開始し,2月22日,患者の同意が得られたため右眼硝子体切除術を施行した.採取された硝子体液の培養検査では菌の発育はなかったが,硝子体液中のb-d-グルカンの濃度は711.6pg/mlと高値を示した.また,硝子体細胞診のperiodicacidSchiff(PAS)染色標本に多数のカンジダ菌糸が確認され(図5),真菌性眼内炎と診断した.手術翌日の2月23日からボリコナゾール点滴に変更したが,3月2日に右眼は網膜全?離に至り,3月3日に再度硝子体手術を行った.術中,網膜の全面にわたって線維血管増殖膜形成を伴う網膜?離がみられたため,増殖膜を除去しシリコーンオイルタンポナーデを行った.その後再?離したが,患者は積極的治療を望まないため,経過を観察している.ボリコナゾール投与は38日間行い,前房,硝子体中の炎症所見は消失した.現在,右眼視力は眼前手動弁で炎症の再燃はない.II考按健康成人の片眼に発症した非典型的な内因性真菌性眼内炎の1例を経験した.内因性真菌性眼内炎は,通常IVH留置や免疫低下を招く基礎疾患を背景に血行性に発症する.診断の確定には,前房水あるいは硝子体液からの真菌の検出が必要であるが,実際に眼内組織から真菌が分離,培養される頻度は30?50%と低い2?5).一方,一般的に他臓器もしくは全身性の真菌感染症が先行するため血中b-d-グルカン値の測定が診断に有用である.実際Takebayashiら1)は,真菌性眼内炎における血中b-d-グルカンの陽性率は95%と報告しており,感度の高い検査といえる.しかしながら,本症例のように血中b-d-グルカンの上昇を伴わない内因性真菌性眼内炎の報告もある.表1に示すように,健康成人に発症した内因性真菌性眼内炎は本症例を含めて9例6?11)報告されている.Schmidらの報告6)では,片眼,両眼の記載がなく詳細は不明であるが,その他の報告では7例のうち6例が片眼性であり,健康成人に発症する真菌性眼内炎は片眼性が多い.また,藤井ら10)や岩瀬ら11)の報告例,および本症例では血中b-d-グルカンは陰性であった.したがって片眼性の症例では,外因性の真菌感染を疑う必要があるが,本症例では内眼手術および眼外傷の既往がなく,表1健康成人に発症した真菌性眼内炎の報告症例数片眼or両眼血中b-d-グルカン硝子体液中b-d-グルカン文献Schmidら2例不明(培養のみ)(培養のみ)Infection,19916)Kostickら1例片眼(培養のみ)(培養のみ)AmJOphthalmol,19927)酒井ら2例片眼片眼(培養のみ)(培養のみ)(培養のみ)(培養のみ)臨眼,19978)板野ら1例片眼++眼臨,20069)藤井ら1例片眼?+臨眼,200910)岩瀬ら1例両眼?+あたらしい眼科,201011)本症例1例片眼?+図5硝子体液のPAS染色標本PAS陽性のカンジダ菌糸が多数検出された.138あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(138)角膜,結膜,強膜,虹彩,水晶体に外傷の痕跡はなかった.最近,硝子体液中のb-d-グルカンが真菌性眼内炎の診断に有用であることが示唆されている.真保ら12)は真菌性眼内炎2例を含む26症例について硝子体液中のb-d-グルカン値を測定し,硝子体液中b-d-グルカンの基準値は10.0pg/ml以下とした.b-d-グルカン値の測定は培養検査よりも真菌に対して感度が高く簡便であるため,真菌性眼内炎の診断をするうえでの適切な指標となりうると報告している7).前述した健康成人に発症した真菌性眼内炎の報告のなかで,硝子体液中のb-d-グルカンの測定値についても記載があり,板野らの報告9)では血中および硝子体液中のb-d-グルカンがともに陽性であった(表1).一方,藤井らや岩瀬らの報告および本症例では血中b-d-グルカンは陰性であるが硝子体液中のb-d-グルカンは陽性を示しており,血中よりも有用であることが示唆される.したがって,真菌感染症を疑わせる背景のない患者で眼所見から内因性真菌性眼内炎が疑われる場合や,外因性(外傷,術後)眼内炎で真菌が原因である可能性がある場合には,硝子体液中b-d-グルカン値の測定が有用であると考えられる.一般に内因性真菌性眼内炎は血行感染であり,結果として両眼性が多いが,健康成人の片眼に発症する真菌性眼内炎は一般的な真菌性眼内炎とは発症経路が異なる可能性が考えられる.Kostickらの報告7)では,片眼の真菌性眼内炎を発症した健康成人の腟および爪からカンジダが検出されており,その発症となんらかの関連があることが示唆されている.しかし,その感染経路の詳細については言及されていない.本症例でも感染経路の特定はできなかった.本症例は真菌性眼内炎に特徴的な発症因子がなく,血清b-d-グルカンが陰性であったこと,加えて本人が手術に消極的であったことが真菌性眼内炎の診断が遅れる結果となった.真菌の侵入経路はいまだに不明であるが,内因性真菌性眼内炎が健康成人の片眼に生じうる可能性を認識しておくべきである.眼所見から真菌性眼内炎が疑われる症例では積極的に硝子体切除術を行い,眼内液の培養以外にも硝子体液中b-d-グルカンの測定,硝子体液の細胞診を行うことが大切である.文献1)TakebayashiH,MizotaA,TanakaM:Relationbetweenstageofendogenousfungalendophthalmitisandprognosis.GraefesArchClinExpOphthalmol244:816-820,20062)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状.日眼会誌95:369-376,19913)金子尚生,宮村直孝,沢田達宏ほか:内因性眼内炎の予後.眼紀44:469-474,19934)川添真理子,沖波聡,齊藤伊三雄ほか:内因性真菌性眼内炎に対する硝子体手術.臨眼48:753-757,19945)久保佳明,水谷聡,岩城正佳ほか:真菌性眼内炎の硝子体手術による治療.臨眼48:1867-1872,19946)SchmidS,MartenetAC,OelzO:Candidaendophthalmitis:Clinicalpresentation,treatmentandoutcomein23patients.Infection19:21-24,19917)KostickDA,FosterRE,LowderCYetal:EndogenousendophthalmitiscausedbyCandidaalbicansinahealthywoman.AmJOphthalmol113:593-595,19928)酒井理恵子,川島秀俊,釜田恵子ほか:健常者に発症した真菌性眼内炎の2症例.臨眼51:1733-1737,19979)板野瑞穂,植木麻理,岡田康平ほか:血中b-D-グルカン測定が診断に有用であった健常者発症真菌性眼内炎の1例.眼臨100:758-760,200610)藤井澄,岡野内俊雄:硝子体液中b-D-グルカンおよび真菌PCRが眼内炎の診断・治療に有用であった1例.臨眼63:69-73,200911)岩瀬由紀,竹内聡,竹内正樹ほか:健康な女性に発症した両眼性の真菌性眼内炎の1例.あたらしい眼科27:675-678,201012)真保雅乃,伊藤典彦,門之園一明ほか:硝子体液中b-D-グルカン値の臨床的意義の検討.日眼会誌106:579-582,2002***