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Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)667《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):667.670,2010cはじめに眼トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による網脈絡膜炎である.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.後天性感染では不顕性感染となることが多く,日本人成人の20.30%が感染していると報告されている.確定診断には血清と眼内液それぞれのtotalIg(免疫グロブリン)Gに占める抗原特異的IgGの割合の比をとった抗体率(Q値)が用いられる1).今回,Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕62歳,日本人男性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:以前に視力低下を指摘されたことはなかった.半年前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.視力は右眼矯正(0.15)であり,角膜後面沈着物,硝子体混濁,および網膜滲出斑を指摘され,精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,ネコ接触歴なし.〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0009横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasakiTakeuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,YokohamaCity,Kanagawa236-0009,JAPANQ値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例竹内正樹澁谷悦子飛鳥田有里西田朋美石原麻美林清文中村聡水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室TwoCasesofAcquiredToxoplasmosisDiagnosedbyCalculatingtheGoldmann-WitmerCoefficientMasakiTakeuchi,EtsukoShibuya,YuriAsukata,TomomiNishida,MamiIshihara,KiyofumiHayashi,SatoshiNakamuraandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine症例:症例1は62歳,日本人男性,症例2は22歳,ブラジル人女性.2例とも片眼の視力低下と霧視を自覚し精査加療目的にて当科紹介受診.片眼の周辺網膜に硝子体混濁を伴った限局性滲出斑がみられ,その周囲には瘢痕病巣が存在した.2例とも血清および眼内液より計算されたトキソプラズマQ値の上昇を認め,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断した.アセチルスピラマイシンおよびプレドニゾロンの併用療法を開始し,症例2では病巣の瘢痕化を得た.症例1ではアセチルスピラマイシンの効果が乏しく,クリンダマイシン投与に変更したところ,病巣の瘢痕化を得た.結論:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例を経験した.WereporttwocasesofacquiredtoxoplasmosisdiagnosedbycalculatingoftheGoldmann-Witmercoefficient(GWC).Case1wasa62-year-oldJapanesemale;andcase2wasa22-year-oldBrazilianfemale.Eachwassufferingfromvisuallossandblurringinoneeye.Fundusexaminationdisclosedunilateralvitreousopacityandcircumscribedactiveexudates,withadjacentscarringlesionsintheperipheralretina.BothpatientswerediagnosedashavingrecurrentacquiredtoxoplasmosisonthebasisofGWCelevation.Theyweretreatedwithacombinationoforalacetylspiramycinandprednisolone.Incase1,clindamycinwasadministeredbecauseofpoorsusceptibilitytoacetylspiramycin.Theexudateswerecuredwithscarformationinbothcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):667.670,2010〕Keywords:眼トキソプラズマ症,後天性,Q値,ブラジル人.oculartoxoplasmosis,acquired,Goldmann-Witmercoefficient,Brazilian.668あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(96)経過:初診時視力は右眼矯正(0.3).右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+程度がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.後眼部に強い硝子体混濁,および上方網膜に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図1a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.左眼ぶどう膜炎に対して,全身検索を行った.胸部単純写真では異常はなく,ツベルクリン反応は弱陽性であった.血清検査,および前房水検査より計算されたヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスのQ値は基準値以下であった.診断および治療目的にて右眼の硝子体手術を施行し,硝子体液を採取,解析したところ,硝子体中のトキソプラズマのIgG抗体が200IU/ml以上〔ELISA(酵素免疫測定法),正常6未満〕と高値で,Q値も16.1と高値であった.硝子体液では抗トキソプラズマIgM抗体は0.50(ELISA,正常0.8未満)であった.硝子体液の真菌塗抹培養検査は陰性,IL(インターロイキン)-6,IL-10は基準値以下であった.細胞診では異型細胞はみられなかった.以上より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了後に硝子体混濁が増悪し,視力は右眼矯正0.1に低下したため,クリンダマイシン(ダラシンR600mg/日)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール施行し硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.初診時より9カ月の時点において視力は右眼矯正(0.5)まで改善した(図1d).〔症例2〕22歳,ブラジル人女性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:2カ月前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.虹彩炎,網膜滲出斑を指摘され精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,幼少時にネコ飼育歴あり.経過:初診時視力は右眼矯正(1.0)であった.右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+,フレア1+がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.網膜鼻下側に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図2a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影では瘢痕病巣は早期から後期にかけて低蛍光であり,滲出斑は中期より辺縁部の過蛍光を呈した.右眼感染性ぶどう膜炎を疑い全身検索を施行した.血清検査,および右眼前房水検査でトキソプラズマのIgG抗体が13IU/ml(ELISA,正常6未満)と高値で,計算されたQ値は126.4と著しく高値であった.抗トキソプラズマIgM抗体は0.10(ELISA,正常0.8未満)であった.以上の所見より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了し炎症所見の改善と滲出斑の瘢痕化が得らacbd図1症例1a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した輪状の過蛍光と蛍光漏出を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.(97)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010669れた.初診時より6カ月の時点で視力は右眼矯正(1.2)に改善した(図2d).II考按トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による人畜共通感染症である.多くは不顕性感染となり,トキソプラズマ抗体価の陽性率は日本人で30%とされている.欧米,特にフランス,ドイツ,オランダ,ブラジルでは抗体陽性率が高いことが知られており,わが国でも,近年,在日ブラジル人において眼トキソプラズマ症の報告が目立っている2.4).当院においても,2009年に経験した眼トキソプラズマ症3例のうち,症例2を含めて2例が在日ブラジル人であった.症例2ではネコ飼育歴があり,感染経路としてネコの排泄物を介しての経口感染や経皮感染が考えられた.症例1では感染原因として特記すべきことはなかった.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.先天性眼トキソプラズマ症は一般に両眼性で,両眼の黄斑部にみられる境界鮮明な壊死性瘢痕病巣が特徴とされる.黄斑部病巣により出生時より視力障害をきたす.再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性眼トキソプラズマ症は,先天性眼トキソプラズマ症の再発病巣と同様に限局性滲出性網脈絡膜炎が,通常,片眼性にみられる.今回の2症例でもいずれも幼少時に視力低下はなく,片眼性で,周辺網膜の限局性滲出性網脈絡膜炎を呈し,また,それに隣接した壊死性瘢痕病巣がみられた.検査所見では眼内液と血清のIgG抗体の比であるQ値の上昇がみられたが,IgM抗体の上昇はみられなかった.以上のことより,2症例ともに後天性眼トキソプラズマ症を以前に発症しており,今回はその再発と考えられた.ただし,以前の後天性眼トキソプラズマ症の発症に対する病識ははっきりしなかった.眼トキソプラズマ症では過去の報告では先天性が74%を占めると報告され5),一般に先天性感染が多いとされていた.しかし,近年,後天性感染の症例が多数報告されており,後天性感染の増加が示唆されている6,7).後天性眼トキソプラズマ症の診断にはいくつかの検査法が用いられる.血清中および眼内液中のそれぞれで,全IgG量に対する抗原特異的IgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)では1.0以上で眼トキソプラズマ症の可能性が高くなり,8.0以上で確定診断となるとされている1).その他,原虫の分離,3週間の間隔で採取したペア血清での抗トキソプラズマ抗体の陽転あるいは4倍以上の抗体価上昇,PCR(polymerasechainreaction)法を用いた眼内液中のトキソプラズマゲノムの検出なども診断に有用である8).しかし,原虫の分離には眼球摘出が必要であり,臨床において通常行われることはない.ペア血清測定は簡便にできる検査ではあるが,診断までに3週間の期間が必要であり,眼局所のみのトキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともある.Q値,PCR法では眼内液を採acbd図2症例2a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.硝子体混濁を伴っている.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した過蛍光を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.670あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(98)取しなければならないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるQ値の感度は81%,特異度は98.7%であり,PCR法の感度は38%,特異度は100%であると報告しており,眼トキソプラズマ症におけるQ値の臨床的意義はきわめて大きい9).本症例ではいずれもQ値が8.0以上であり,眼トキソプラズマ症の確定診断に至った.眼トキソプラズマ症の治療には,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日)およびプレドニゾロン(30.40mg/日,漸減療法)の併用が一般的である.6週間を1クールとし,効果があればさらに1クール投与する.アセチルスピラマイシンに反応しない症例では,クリンダマイシンが用いられる.症例1では,アセチルスピラマイシンに反応がみられず,クリンダマイシンに変更したところ,硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.国際眼炎症学会の治療指針では,ピリメサミン,サルファジアジン,プレドニゾロンの3剤併用療法が推奨されている.ピリメサミン,サルファジアジンは栄養型の増殖は抑制するが,.子に対しては無効である.瘢痕化病巣ではトキソプラズマは.子の状態で存在しているため,いずれの薬剤による再発予防は不可能であり,妊娠や免疫力低下を契機に再発する可能性がある.アトバコンは.子に対しても有効であることが報告されている10)が,わが国では未承認である.眼トキソプラズマ症の日本での感染率は近年低下傾向にあるといわれている.しかし,AIDS(後天性免疫不全症候群),臓器移植後,血液腫瘍などで免疫力が低下したcompromisedhostにおいての日和見感染として増加してきている.また,近年の国際化に伴って,本症例のようなブラジル人のほか,多くの欧米人がわが国に在住しており眼トキソプラズマ症の発症が報告されている.さらにわが国では,近年,生肉食を好む文化やペットブームもあり,今後もますます注意しなければならない疾患である.片眼の硝子体混濁を伴った限局性滲出性網脈絡膜炎の患者をみたら,まず,後天性眼トキソプラズマ症を念頭において診療にあたることが大切である.文献1)DesmontsG,BaronA,OffretGetal:Laproductionlocaled’anticorpsaucoursdestoxoplasmosisoculaires.ArchOphthalmolRevGenOphthalmol20:134-145,19602)大井桂子,酒井潤一,薄井紀夫ほか:再燃を繰り返した眼トキソプラズマ症の2例.眼臨101:322-326,20073)八木淳子,石川裕人,池田誠宏ほか:網膜新生血管を生じた眼トキソプラズマ症.あたらしい眼科24:961-964,20074)菊池豊彦,神部孝,石嶋清隆ほか:トキソプラズマによる乳頭隣接網脈絡膜炎の1例.眼科42:189-192,20005)AtmacaLS,SimsekT,BatiogluF:Clinicalfeaturesandprognosisinoculartoxoplasmosis.JpnJOphthalmol48:386-391,20046)大黒伸行:眼トキソプラズマ感染症.あたらしい眼科17:190-192,20007)ForresterJV,OkadaAA,BenezraDetal:Toxoplasmosis.PosteriorSegmentIntraocularInflammationGuidelines(edbyOhnoS),p43-48,KuglerPublications,Hague,19988)春田恭照:トキソプラズマ網脈絡膜炎.眼科41:1427-1433,19999)FekkarA,BodaghiB,TouafekFetal:Comparisonofimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoefficient,andreal-timePCRusingaqueoushumorsamplesfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.JClinMicrobiol46:1965-1967,200810)SchimkatM,AlthausC,ArmbrechtCetal:TreatmentoftoxoplasmosisretinochoroiditiswithatovaquoneinanAIDSpatient.KlinMonatsblAugenheilkd206:173-177,1995***