《原著》あたらしい眼科33(6):899.902,2016cRubinstein-Taybi症候群に伴う発達緑内障に線維柱帯切開術が奏効した1例山田哉子*1小嶌祥太*2中島正之*3植木麻理*2杉山哲也*2柴田真帆*2小林崇俊*2荻原享*4池田恒彦*2*1八尾徳洲会総合病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室*3中島眼科クリニック4)大阪医科大学小児科学教室ACaseofDevelopmentalGlaucomawithRubinstein-TaybiSyndromeSuccessfullyTreatedbyTrabeculotomyKanakoYamada1),ShotaKojima2),MasayukiNakajima3),MariUeki2),TetsuyaSugiyama2),MahoShibata2),TakatoshiKobayashi2),RyoHagihara4)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,3)NakajimaEyeClinic,4)DepartmentofPediatrics,OsakaMedicalCollege目的:Rubinstein-Taybi症候群(Rubinstein-Taybisyndrome:RTS)に発達緑内障を合併し,線維柱帯切開術が奏効した1例を経験したので報告する.症例:生後1カ月,男児.在胎37週,2,200gで出生.全身的に多毛で幅広い母指を呈し小児科にてRTSと診断,眼合併症の検索のため眼科紹介となる.初診時,角膜横径は両眼11.5mm,両眼に角膜浮腫,左眼に角膜部分混濁を認めた.眼圧は右眼21.31mmHg,左眼34.41mmHg,視神経乳頭の陥凹乳頭比は右眼0.5,左眼0.7であった.RTSに伴う発達緑内障と診断し,生後40日目に両眼の線維柱帯切開術を施行した.眼圧は術後7日目には右眼8mmHg,左眼13mmHgとなった.術後約6年2カ月を経過し,現在も眼圧コントロール良好である.結論:特徴的な身体所見からRTSが疑われる児は,発達緑内障および前眼部形成異常の合併を疑って眼科的検査を行うことが重要だと考えられた.Purpose:ToreportacaseofdevelopmentalglaucomawithRubinstein-Taybisyndrome(RTS)thatwassuccessfullytreatedbytrabeculotomy.Case:A1-month-oldmalewaspresentedatourdepartmentforinvestigationofRTS-relatedeyeabnormalities.Hehadgeneralhypertrichosis,broadthumbs,andwasdiagnosedwithRTSinthepediatricsdepartment.Atfirstvisit,bothcorneaswereedematousandfocalopacitywasseeninthelefteye.Thehorizontaldiameterofeachcorneawas11.5mm.Intraocularpressure(IOP)was21-31mmHgOD/34-41mmHgOS;cup-to-discratiooftheopticdiscwas0.5OD/0.7OS.WediagnoseddevelopmentalglaucomawithRTSandperformedtrabeculotomyonbotheyesat40dayspost-delivery.Undergeneralanesthesia,IOPwas24mmHgOD/22mmHgOS,yetitgraduallydecreasedto8mmHgOD/13mmHgOSat7dayspostoperatively,remainingcontrolledfor6yearsand2monthsthereafter.Conclusion:ItisimportanttoinvestigateRTS-suspectedinfantsforassociateddevelopmentalglaucomaanddysgenesisoftheanteriorocularsegment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):899.902,2016〕Keywords:Rubinstein-Taybi症候群,発達緑内障,線維柱帯切開術,前眼部形成異常.Rubinstein-Taybisyndrome,developmentalglaucoma,trabeculotomy,dysgenesisofanteriorocularsegment.はじめに角解離,長い睫毛,後方へ回旋した耳介,つきでた鼻翼や下Rubinstein-Taybi症候群(Rubinstein-Taybisyndrome:唇),精神運動発達遅滞を3徴とする先天異常症候群で,わRTS)は1963年にRubinsteinとTaybiが報告1)した,幅広が国では発症率が12万5千出生に1例とまれな疾患であい母指と第一趾,特徴的顔貌(小頭,瞼裂の下方傾斜,内眼る2).責任遺伝子は16番染色体のCBP(CREB-bindingpro〔別刷請求先〕山田哉子:〒581-0011大阪府八尾市若草町1番17号八尾徳洲会総合病院眼科Reprintrequests:KanakoYamada,DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,1-17Wakakusacho,Yao-shi,Osaka581-0011,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(139)899tein)遺伝子と判明しているが3),検出率は高くなく臨床的診断が重視され,とくに幅広い母指はほぼ全例にみられる2,4,5).眼科的に鼻涙管閉塞,外斜視,発達緑内障,先天性白内障,網脈絡膜コロボーマといった種々の合併症が報告されている6).今回発達緑内障を合併し線維柱帯切開術を施行した1症例を経験したので報告する.I症例患者:生後1カ月,男児.主訴:眼科的スクリーニングの依頼.既往歴:中腸軸捻転症,動脈管開存症.家族歴:母親は36歳,父親は36歳の第2子.第1子は正常出生.血族結婚ではなく,特記すべきことはなし.現病歴:在胎37週3日,骨盤位のため帝王切開にて平成21年8月19日に2,200gで出生.生後7日目に中腸軸捻転症のため開腹整復術を施行した.全身的に体毛が多く,幅広い母指を有し,小児科でRubinstein-Taybi症候群と臨床的に診断された.染色体は検査の結果,正常であった.眼合併症の検索のため9月15日眼科紹介となった.初診時所見:外見は逆蒙古様顔貌,内眼角解離,弓状の眉を有し,全身的に多毛であった(図1).手足の母指は幅広くばち状であった(図2).角膜は右眼:縦径11mm×横径11mm,左眼:縦径10.5mm×横径11mm,両眼浮腫状で左眼に部分混濁を認めた(図3).啼泣のため眼圧測定値は変動を認め,右眼21.31mmHg,左眼34.41mmHg(覚醒下,トノペン)であった.前房は清明で深く,虹彩および水晶体に明らかな異常は認めなかった.眼底検査では,視神経乳頭の陥凹対乳頭比(C/D比)は右眼0.5,左眼0.7と左眼が優位に陥凹が拡大していた(図4)が,その他の異常は認めなかった.超音波生体顕微鏡では虹彩は平坦化しており,強膜岬より後方で隅角に付着していると考えられた.経過:術前は非鎮静下の測定であり眼圧測定値の変動が大きかったが,いずれの測定でも高眼圧で推移した(表1).9月29日(生後40日目)の全身麻酔下での術前眼圧は右眼24mmHg,左眼22mmHg(Perkins圧平眼圧計)であった.高眼圧,角膜径の拡大および視神経乳頭所見から発達緑内障と診断,両眼の線維柱帯切開術を同日施行した.線維柱帯切開術は一重強膜弁で12時方向から切開を行った.Schlemm管は後方への偏位を認めず,解剖学的にほぼ正常位置に同定され(図5),13mmのトラベクロトーム挿入の際に軽度抵抗を認めた.線維柱帯切開時に前房出血を認めたが軽度であった.術翌日は左眼優位に前房出血を認め,眼圧は右眼20mmHg,左眼25mmHgであったが,術後2日目には前房出血は消失しており,眼圧も徐々に下降した(表2).術後7日目には右眼8mmHg,左眼13mmHgとなり,以後眼圧はコ900あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016ントロールは良好であった.手術11カ月後には両眼とも角膜浮腫は消失し,左眼の角膜部分混濁も軽減しており,眼圧は右眼9mmHg,左眼10mmHg,C/D比は右眼0.5,左眼0.5と左眼で陥凹が縮小していた(図4).術後4年2カ月で眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHgで,角膜は右眼:縦径12mm×横径12mm,左眼:縦径12mm×横径11.5mmであった.平成27年11月(6歳3カ月)現在で眼圧は右眼8mmHg,左眼13mmHgで,左眼の角膜部分混濁は軽度であるが残存している.発達指数(developmentalquotient:DQ)は35以下で重度知的障害があるが,TellerAcuityCardsTM(9.6cy/cm,検査距離:55cm)による指差しで視力検査を行い,VD=(0.33×sph+2.5D(cyl.0.75DAx180°),VS=0.33(矯正不能)であった.右眼遠視性乱視のため眼鏡を装用しており,軽度の間欠性外斜視を認めている.涙道通水検査を施行したが,両眼とも異常なく,鼻涙管閉塞は合併していない.II考按今回,筆者らはRTSに発達緑内障を合併した1症例を経験した.RTSに発達緑内障を合併する割合は2.4%程度と報告6)があるが,過去の症例報告7.12)では,本例のように生後1年以内の早発型発達緑内障の報告が多い.流涙,角膜混濁,角膜径の左右差に気づき発達緑内障が発見された症例5,7.9)では線維柱帯切開術,隅角切開術,緑内障点眼で加療されている.隅角の形成異常が軽度とされる遅発型発達緑内障も報告されている13).一方で,前眼部形成異常が強く前部ぶどう腫による眼球突出が進行し,生後半年以内に眼球摘出に至った症例の報告もあり11,12),RTSに合併する隅角および前眼部形成異常の重症度には幅があると考えられる.RTSに伴う緑内障は緑内障診療ガイドライン14)では他の先天異常を伴う発達緑内障に分類され,胎生期の神経堤細胞遊走不全にもとづく隅角形成異常が原因と考えられている15,16).神経堤細胞は胎生5.7週に前眼部の角膜内皮,実質,虹彩実質,隅角線維柱帯へと遊走し分化するため,神経堤細胞の遊走不全の場合,角膜,虹彩,隅角の異常を複数認める可能性がある15.17).神経堤細胞の遊走不全に起因する発達緑内障は他にPeters奇形,強膜化角膜,無虹彩症,Axenfeld-Rieger症候群があげられる.過去の報告でもRTSの眼合併症としてPerters奇形,強膜化角膜,前部ぶどう腫を認めた症例が複数報告されており10,11),RTSの症例の診察では緑内障だけでなく,これらの前眼部形成異常の合併を念頭に考える必要がある.一般に前眼部形成異常が強い発達緑内障は隅角の異常も強く出現し,線維柱帯切開術の有効性は低くなると報告されて(140)図1顔貌と背部所見顔貌:逆蒙古様顔貌,内眼角解離,弓状の眉が特徴的であった.背部:全身的に多毛であった.図3前眼部所見両眼とも角膜は浮腫状で,左眼に部分混濁が認められた(.).図5術中所見一重強膜弁,Schlemm管(.)は解剖学的に正常位置に存在してた.いる17).今回の症例では左眼の下方に角膜部分混濁を認めており,眼圧の下降とともに軽快傾向であったが,現在も残存しており,軽度の前眼部形成異常を伴った可能性がある.なお,発生学的にSchlemm管は中胚葉由来で前眼部と発生が図2手足手足の母指は幅広くばち状であった(矢印).C/D比:0.5C/D比:0.7C/D比:0.5C/D比:0.5図4視神経乳頭上段:術前.左眼優位に視神経乳頭陥凹が拡大していた.下段:術後.左眼視神経乳頭陥凹は縮小傾向だった.表1術前眼圧測定日9/179/189/29(手術日)右眼(mmHg)21.3128.4424左眼(mmHg)34.4121.2522測定方法覚醒トノペン覚醒トノペン全身麻酔下Perkins異なるため,隅角,前眼部に形成異常がある症例でもSchlemm管の低形成はまれで線維柱帯切開術の際にSchlemm管の同定は比較的容易との報告が散見され16,17),今回の症例でもSchlemm管の同定に苦慮することはなかった.本症例で線維柱帯切開術が有効であった理由として,早期に眼圧上昇が発見され,角膜混濁や角膜径拡大が進行しないうちに手術を施行できたこと,および本症例では前眼部の形成異常が軽度であったことが考えられる.RTSに合併した発達緑内障に線維柱帯切開術が有効であ(141)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016901表2術後眼圧測定日術後1日術後2日術後3日術後1週間術後1カ月術後3カ月術後11カ月術後4年2カ月術後6年2カ月右眼(mmHg)20176810109148左眼(mmHg)252216131412101613測定方法鎮静Perkins左眼優位に前房出血鎮静Perkins両眼の前房出血消失鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静時は体重に応じて,トリクロホスホナトリウムシロップ,抱水クロラール座薬,ミダゾラムを適宜使用した.術前,術後とも眼圧下降薬は使用していない.った1症例について報告した.RTSに合併する発達緑内障の早期発見のために,特徴的な身体所見からRTSが疑われる児は生後より発達緑内障および前眼部形成異常の合併を疑って眼科的検査を行うことが重要だと考えられた.文献:1)RubinsteinJH,TaybiH:Broadthumbsandtoesandfacialabnormalities.Apossiblementalretardationsyndrome.AmJDisChild105:588-608,19632)黒澤健司:Rubinstein-Taybi症候群.小児科診療72:82,20093)PetrijF,GilesRH,DauwerseHGetal:Rubinstein-TaybisyndromecausedbymutationsinthetranscriptionalcoactivatorCBP.Nature376:348-351,19954)塚原正人,辻野久美子:Rubinstein-Taybi症候群.小児内科35:230-231,20035)神原諒子,山田貴之,足立徹ほか:発達緑内障と鼻涙管閉塞を伴ったRubinstein-Taybi症候群の2例.眼科手術26:299-302,20136)GenderenMM,KindsGF,RiemslagCCetal:OcularfeaturesinRubinstein-Taybisyndrome:investigationof24patientsandreviewoftheliterature.BrJOphthalmol84:1177-1184,20007)林みゑ子,北沢克明:先天緑内障を伴ったRubinsteinTaybi症候群の1例.臨眼37:843-846,19838)山口慶子,原敏:先天性緑内障を合併したRubinsteinTaybi症候群.臨眼45:678-679,19919)佐野秀一,箕田健生,小島孚允:先天緑内障を合併したRubinstein-Taybi症候群の1例.臨眼46:694-695,199210)森田由香,岡本史樹,高松俊行ほか:1眼にコロボーマ,他眼にanteriorcleavagesyndromeを伴うRubinstein-Taybi症候群の1例.眼臨94:946-950,200011)松島千景,後藤浩,毛塚潤ほか:SclerocorneaとPeters奇形を合併したRubinstein-Taybi症候群の1例.あたらしい眼科18:105-108,200112)北澤憲孝,川目裕,若林真澄ほか:眼球摘出に至ったRubinstein-Taybi症候群に伴う眼球形成不全.眼臨紀3:378-380,201013)立花敦子,高島弘至,吉岡郁恵ほか:Rubinstein-Taybi症候群に発達緑内障遅発型を合併した1例.眼科53:117121,201114)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:3-46,201215)尾関年則,佐野雅洋,森宏明ほか:神経堤細胞遊走不全と前眼部形成異常.臨眼45:1419-1423,199116)稲谷大:発達緑内障の病態と神経堤細胞の分化遊走.FrontiersinGlaucoma8:184-186,200717)野崎実穂,水野晋一,尾関年則ほか:前眼部形成異常を合併した先天緑内障に対する線維柱帯切開術.臨眼54:331334,2000***902あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(142)