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眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1705.1708,2012c眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例竇一博中静隆之佐藤新兵岸本修一上順子森樹郎虎の門病院眼科ACaseofParanasalSinusFungalInfectionDevelopingOrbitalApexSyndromeKazuhiroDou,TakayukiNakashizuka,ShinpeiSato,ShuichiKishimoto,JunkoKamiandMikiroMoriDepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital緒言:副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状として,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験したので報告する.症例:2型糖尿病を有し,血液透析療法中の76歳,男性.頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明.当科受診時は異常を認めなかったが,1カ月後の再診時には視力低下,中心フリッカー値低下を認めた.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,造影computedtomography(CT)では右下眼窩裂が開大しその内部は軟部組織濃度であった.耳鼻咽喉科・脳神経外科との協診にてステロイドパルス療法が選択されたが,1週間後に病状は増悪し,右眼光覚消失,全眼球運動障害が出現した.b-d-グルカン値が上昇したため生検を行ったところ,Aspergillusfumigatusが検出され診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ感染拡大したたため,副鼻腔根治術を施行した.その後,眼球運動は回復したが光覚を失ったままであった.退院後18カ月経過しているが,再発は認めていない.結語:高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には他科と協力し,真菌感染症を念頭において診療すべきである.Weexperiencedacaseofparanasalsinusfungalinfectionthatdevelopedorbitalapexsyndrome.Thepatient,a76-year-oldmalewithdiabetesmellituswhowasreceivingperiodichemodialysis,complainedofrightperiorbitalpainandheadache,thecauseofwhichcouldnotbedeterminedbyneurologists.Onemonthlater,thevisualacuityofhisrighteyedecreased(0.3);magneticresonanceimagingshowedenhancementaroundtherightopticnerveandcomputedtomographydisclosedadilatedinferiororbitalfissurefilledwithaninhomogeneousmass.OpticneuritisandTolosa-Huntsyndromewasstronglysuspected;steroidpulsetherapywaschosen.Oneweeklater,hisheadachehadreduced,whereashisrighteyehadlostlightsensationanddevelopedophthalmoplegia.Bloodtestrevealedelevatedb-d-glucan;nasalendoscopicbiopsyidentifiedAspergillusfumigatus.Afterantifungaltherapythepatientunderwentdebridementsurgery,whichreducedophthalmoplegiabutdidnotrestorelightsensation.At18monthsafterthesurgerytheoralantifungalagentisstillbeingadministered,withoutdiseaserelapse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1705.1708,2012〕Keywords:眼痛,副鼻腔真菌症,眼窩先端症候群,Tolosa-Hunt症候群.periorbitalpain,paranasalsinusfungalinfection,orbitalapexsyndrome,Tolosa-Huntsyndrome.はじめにて,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験し副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全たので報告する.患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状とし〔別刷請求先〕竇一博:〒105-8470東京都港区虎ノ門2-2-2虎の門病院眼科Reprintrequests:KazuhiroDou,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital,2-2-2Toranomon,Minato-ku,Tokyo105-8470,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)1705 abab図1MRIT2強調画像a:視神経所見,b:篩骨洞所見.右視神経周囲の高信号(矢印)および右篩骨洞内の高信号(矢頭)を認めた.I症例患者:76歳,男性.全身疾患:20年来の2型糖尿病,高血圧があり,数年前より血液透析療法を行っていた.眼科既往歴:両眼とも水晶体再建術,汎網膜光凝固術を施行され,当科に定期通院していた.現病歴:2010年7月上旬より頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明であった.疼痛が増悪し,当科受診した.初診時所見:視力は右眼(0.9×sph+1.25D(cyl.2.0DAx100°),左眼(0.9×sph+3.25D(cyl.3.25DAx85°),眼圧は右眼9mmHg,左眼10mmHgであった.角結膜,眼内レンズ,硝子体に異常所見は認められず,眼底には汎網膜光凝固術後のレーザー痕を認めるが,以前と著変がなかったため経過観察となった.臨床経過:症状は改善せず,8月下旬再診時,右眼視力が(0.3)に低下し,中心フリッカー値(CFF)では右眼16Hz,左眼36Hzと左右差を認めた.眼球運動は正常であり,血液検査では特記すべき異常値を認めなかった.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,右篩骨洞内にも軽度の高信号を認めた(図1).耳鼻咽喉科コンサルトをした結果,篩骨洞の高信号所見は非特異的なものであるとの判断であった.視神経炎を疑い,同日よりプレドニゾロン(プレドニンR)30mg内服を開始し,3日後より入院となった.入院日撮影された造影computedtomography(CT)では,右下眼窩裂が開大し,その内部は軟部組織濃度であった(図2).骨破壊所見は認められなかった.脳神経外科・耳鼻咽喉科と合同カンファレンスを行い,腫瘍性病変や1706あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図2造影CT右下眼窩裂の開大と軟部組織濃度の病変(矢印)を認めた.Tolosa-Hunt症候群による続発性視神経炎が最も疑わしいとの結論であったが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法(ソルメドロールR1,000mg)が選択され,入院1週間後より3日間行われた.ステロイドパルス療法開始日に行われた造影MRIでは,右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変を認め,右篩骨洞内にもT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変を認めた(図3).ステロイドパルス療法により痛みは改善したが,パルス療法終了後より右眼上転・外転運動障害を認め,その1週間後には右眼瞼下垂,右全外眼筋麻痺,光覚なしとなった.9月下旬の採血にてb-d-グルカン(116) abab図3造影MRIa:T1強調画像,b:T2強調画像.右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変(矢印)を認め,右篩骨洞内にはT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変(矢頭)を認めた.図4単純CT右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた.値が14.2pg/ml(基準値11以下)に上昇し(9月上旬では8.3pg/ml),CT検査では右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた(図4).確定診断のため耳鼻咽喉科にて右内視鏡下鼻副鼻腔手術(篩骨洞,蝶形骨洞開放)を行ったところ,炎症性浮腫状粘膜と貯留液を認めたが明らかな真菌塊は認めなかった.病理検体からは分節とY字分岐を伴う糸状真菌が多量検出され,副鼻腔アスペルギルス感染症(Aspergillusfumigatus)と診断された.術後よりアムホテリシンB(アムビゾームR)投与を開始したが,画像上では篩骨洞内の粘膜浮腫の増悪,上顎洞への液体貯留を認め,真菌感染の進行と考えられた.副鼻腔洗浄ドレナージを連日行い,10月上旬に内視鏡下副鼻腔根治術(蝶形骨洞,上顎洞,篩骨洞の掻爬,洗浄)を施行した.この際も明らかな真菌塊は認められなかった.術後も抗真菌薬治療を継続し,11月上旬に再度生検を行ったが,依然アスペルギルス菌糸が多数認められた.本人および家族がこれ以上の精査,外科的治療を希望しなかったため,抗真菌薬をボリコナゾール(ブイフェンドR),ミカファンギンナトリウム(ファンガードR)などに変更しながら内科的に治療を行った.11月中旬には右眼眼球運動が改善し,軽度の内転・上転・下転運動を認めるようになり,11月下旬には外転運動も認められるようになった.12月中旬には眼球運動は全方向で問題なく認められるようになったが,視力は光覚なしのままであった.CT上も著変がなく,病状は安定していたため,12月下旬退院となった.退院後もイトラコナゾール(イトリゾールR)の内服を継続し,現在も感染症内科外来通院中である.II考察副鼻腔真菌症は非浸潤型と浸潤型に分類され1),非浸潤型は副鼻腔内にとどまり予後良好だが,浸潤型は眼窩や頭蓋内へ進展するため重症化しやすい2).浸潤型は全副鼻腔真菌症例の10%以下であり,頭痛や.部痛,眼痛で始まり,視力障害,眼筋麻痺,眼球突出などが続発することが多い2).また,浸潤型のほとんどは免疫不全患者に発生し,健常者に発生することは非常にまれである3).副鼻腔真菌症の原因菌はアスペルギルスが80%以上を占め,罹患洞は上顎洞,篩骨洞,蝶形骨洞の順に多い2,4).上顎洞真菌症では鼻汁,鼻閉などの鼻症状や.部痛・違和感を伴うことが多いが,蝶形骨(117)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121707 洞真菌症では鼻症状が乏しく,視力障害,頭痛,顔面痛などを訴える2).また,蝶形骨洞を原発巣とする場合,解剖学的に隣接する海綿静脈洞や視神経に浸潤しやすいため浸潤型となりやすく,眼窩先端症候群をひき起こすことがある5,7).眼窩先端症候群とは上眼窩裂を走行する動眼神経,滑車神経,三叉神経,外転神経および視神経の障害を主徴とする症候群で,腫瘍,炎症,外傷など種々の疾患が原因となるが,副鼻腔真菌症もまれに原因となる5.7).鑑別が困難な症例では,ステロイド薬投与後の症状増悪で真菌症に気づくこともあり,過去にはTolosa-Hunt症候群と診断され,ステロイド薬治療後に死亡に至った真菌性副鼻腔炎の症例も報告されている8).副鼻腔真菌症から眼窩先端症候群をきたした場合,頭蓋内浸潤を起こし,真菌の脳血管浸潤により脆弱な真菌性脳動脈瘤が形成され,脳出血や脳梗塞の原因となることがある9,10).頭蓋内浸潤を起こした場合の死亡率は90%を超えるとの報告もある11).そのため,炎症性疾患としてステロイド薬治療を開始する前に,真菌感染を血液検査,画像検査などで除外することは非常に重要であり,画像診断上,疑わしき病変があれば確定診断のため生検術を優先させるべきである.鼻腔などから採取された検体からの菌培養検査では,真菌の検出率は10%程度と低いため,あまり有用ではない4).b-d-グルカン値は陰性例もあるため初期診断に有効でないこともある6)が,陽性例では診断や治療経過・再発の評価に用いられる12).画像診断では,CTでの骨壁・副鼻腔粘膜肥厚,副鼻腔内の軟部陰影・石灰化陰影,骨破壊像が特徴的な所見とされ,特に石灰化陰影は90%以上の症例で認められる2).真菌塊は増殖するとその中央部が壊死に陥り,リン酸カルシウムや硫酸カルシウムが沈着するため,同部はCTで高吸収域となるためと考えられている13,14).また,真菌の産生する蛋白質の影響で,MRIではT1強調画像で低信号,T2強調画像で著明な低信号を呈する15).本症例では初期のCTやMRIで真菌症特有の所見がなく,診断が困難であった.初期のMRI(T2強調画像)においては,篩骨洞の高信号所見があったものの,耳鼻科専門医による読影でも判断が困難なものであった.臨床所見からは腫瘍性病変やTolosa-Hunt症候群などによる続発性視神経炎が最も疑われたが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法が選択された.ステロイド薬投与が真菌感染の活動を助長した可能性は否定できない.右眼失明,全眼球運動障害などの症状が出現し,b-d-グルカン値も上昇したため,耳鼻科にて生検を行ったところ,アスペルギルスが病理学的に検出され,診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ順次感染が拡大した.根治術後は徐々に改善し,幸いにも生命予後不良な頭蓋内浸潤は起1708あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012きなかったが,罹患眼は光覚を失ったままであった.高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には真菌感染も念頭におく必要がある.特に画像診断上真菌感染を否定できない病巣を認める場合には,確定診断のため積極的に生検を行うべきである.炎症性疾患と診断され,ステロイド薬全身投与を開始された後で症状が増悪する場合には,改めて感染症の可能性を強く疑う必要がある.文献1)JamesF,HoraMC:Primaryaspergillosisoftheparanasalsinusesandassociatedarea.Laryngoscope75:768-773,19652)大河喜久,佐伯忠彦,渡辺太志:鼻副鼻腔真菌症74例の臨床的検討.耳喉頭頸83:859-864,20113)GirishF,SureshM,AndresAetal:Fungaldiseasesoftheparanasalsinuses.SeminUltrasoundCTMR20:391401,19994)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症54例の臨床的検討.耳鼻臨床98:853-859,20055)田中章浩,吉田誠克,諌山玲名ほか:眼窩先端症候群を呈した非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症の1例.臨床神経51:219-222,20116)鴨嶋雄大,澤村豊,岩崎善信ほか:眼窩先端症候群にて発症した浸潤型副鼻腔.眼窩アスペルギルス症の1例.脳神経外科35:1013-1018,20077)Sivak-CallcottJA,LivesleyN,NugentRAetal:Localisedinvasivesino-orbitalaspergillosis:characteristicfeatures.BrJOphthalmol88:681-687,20048)MarcusMM,WilliamY,AlberDMetal:AspergillusinfectionoftheorbitalapexmasqueradingasTolosa-Huntsyndrome.ArchOphthalmol125:563-566,20079)RobertWH,AlexJ,WilliamBetal:Mycoticaneurysmandcerebralinfarctionresultingfromfungalsinusitis.AJNRAmJNeuroradiol22:858-863,200110)杉山拓,黒田敏,中山若樹ほか:眼窩先端部症候群で発症した内頸動脈浸潤した副鼻腔真菌症の3症例.脳神経外科39:155-161,201111)ColemanJM,HoggGG,RosenfeldJVetal:Invasivecentralnervoussystemaspergillosis:curewithliposomalamphotericinB,itraconazole,andradicalsurgery─casereportandreviewoftheliterature.Neurosurgery36:858-863,199512)NakanishiW,FujishiroY,NishimuraSetal:Clinicalsignificanceof(1-3)-b-D-glucaninapatientwithinvasivesino-orbitalaspergillosis.AurisNasusLarynx36:224-227,200913)StammbergerH,JakseR,BeaufortFetal:Aspergillosisofparanasalsinuses.AnnOtolRhinolLaryngol93:251256,198414)熊澤博文,中村晶彦:上顎洞真菌症のCT像の検討.耳鼻臨床78:1935-1941,198515)ZinreichSJ,KennedyDW,MalatJetal:Fungalsinusitis:diagnosiswithCTandMRimaging.Radiology169:439-444,1988(118)