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VDT作業に使用する遮光レンズのコントラスト視力装置CAT2000®を用いた視機能評価―遮光レンズ眼鏡の自覚的,他覚的選択方法の見直し―

2015年10月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科32(10):1499.1502,2015cVDT作業に使用する遮光レンズのコントラスト視力装置CAT2000Rを用いた視機能評価―遮光レンズ眼鏡の自覚的,他覚的選択方法の見直し―堀口涼子原直人内山仁志鈴木賢治古川珠紀髙橋由嗣新井田孝裕国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ContrastVisualFunctionEvaluationinIndividualsWearingTintedLensesforVDTWork,UsingContrastVisualAcuityDeviceRyokoHoriguchi,NaotoHara,HitoshiUchiyama,KenjiSuzuki,TamakiFurukawa,YoshiakiTakahashiandTakahiroNiidaDepartmentofOrthopticsandVisualSciencies,SchoolofHealthSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare目的:各種遮光レンズ装用下でコントラスト視力測定を行い,その有効性について検討した.対象および方法:矯正視力1.2かつ眼疾患のない大学生46名を対象とした.実験①:東海光学製遮光レンズCCP400シリーズRの5種類のレンズ(Fallenleaves:FL,SpringColor:SC,Trunk:TR,MiddleGray:MG,LightGray:LG)を用いて,夏の強い日差しの屋外を見た際,そしてPC画面で作業をしたときに,もっとも快適な視界が得られたレンズを選択させた.実験②:21名に対してCAT2000Rを用いて,遠見屈折矯正下,実験①の遮光レンズおよびサングラス下の計7種類でコントラスト視力測定を行った.結果:実験①:PC作業時における遮光レンズの自覚的な選択ではSCがもっとも好まれた.実験②:サングラスは25%以下すべてのコントラスト値において,TRは10%,2.5%コントラスト値において,視力を下げた(p<0.05,反復測定分析).MG,LG,SC間では有意な視力差はみられなかった.結論:PC作業には,自覚的にもっとも好まれたSCが,コントラスト値による視力低下が少なく有用である.Objectives:Toevaluatethevisualfunctionandusefulnessoftintedlenses.Subjectsandmethods:Includedwere46healthyvolunteersaged19to22yearswithcorrectedvisualacuityof1.2whoreceived6typesoflenses,includingtheCCP400Rseriestintedlenses(Fallenleaves:FL;SpringColor:SC;Trunk:TR;MiddleGray:MG;LightGray:LG)andsunglasses.Inexperiment1,thesubjectswereallowedtoselectcomfortablelenseswhileoutdoorsunderstrongsunshineandduringVDTwork.Inexperiment2,thevisualacuityof21ofthe46subjectswastestedusingthecontrastvisualacuitydeviceCAT2000R.Results:Inexperiment1,theSClensesweremostpreferred.Inexperiment2,visualacuitydecreasedinsubjectswearingsunglasses,butnotinthosewearingMG,LG,orSCtintedlenses.Conclusions:SClenses,whichweremostpreferred,werenotassociatedwithdecreasedvisualacuityandwereusefulforVDTwork.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(10):1499.1502,2015〕Keywords:遮光レンズ,コントラスト視力装置,VDT作業.tintedlenses,contrastvisualacuitydevice,videodisplayterminalwork.はじめにートフォンの普及によりバックライトに使用されるLED近年,VDT(visualdisplayterminal)機器の普及により,(lightemittingdiode)光源に曝される時間が長くなってい職場におけるVDT作業者数およびVDT作業時間は増加し,る.ブルーライトは460nmを中心とする短波長可視光であさらにVDT機器以外でも,タブレットPC,テレビ,スマり,波長的には長波長光よりもエネルギー量が大きく,網膜〔別刷請求先〕原直人:〒324-8501栃木県大田原市北金丸2600-1国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科Reprintrequests:NaotoHara,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOrthopticsandVisualSciencies,SchoolofHealthSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare,2600-1Kitakanemaru,OhtawaraCity,Tochigi324-8501,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(127)1499 障害作用が強く,ゆっくりとした縮瞳反応が得られることが特徴である1,2).また,ブルーライトは散乱しやすい光であるために像がぼけやすく,そのために眼が常に調節しようと働いてしまうことで調節機能に負荷がかかる3).このため,光に対する防御の観点から,ブルーライト遮光眼鏡が販売されているが,その効果に関する科学的実証はなされておらず4),その選択方法は購入者の装用時の見やすさといった自覚によるもので,視機能評価はなされていない.遮光レンズは羞明を生じる短波長領域の可視光線を減光することにより,光の散乱によるグレアを抑え,コントラストの向上をもたらす眼鏡である5).この遮光レンズは,光曝露からの眼の保護6)羞明の軽減7),視力やコントラスト感度の改善8)のみならず,(,)体内時計の調整9)にも効果がある.そのため,近年では眼疾患に対する処方だけでなく,ロービジョンケアから健常者用としてVDT作業まで,より一般的に使用されるようになっている10).今回,筆者らは5種類の遮光レンズを用い装用下のコントラスト視力を測定して視機能評価を行い,その有効性について検討したので報告する.I対象矯正視力1.2かつ白内障の影響がなく,またその他眼疾患のない大学生46名(19.22歳平均20.8歳)を対象とした.遮光レンズの自覚的な選択は46名に対して行い,そのなかの21名に対して視機能評価を行った.被験者には事前に書面にて実験の目的を説明し,本人からの自由意思による同意を得たうえで実験を行った.なお,本実験は国際医療福祉大学倫理審査委員会より承認を受けた(承認番号;14-Io-34).II方法実験①:遮光レンズの被験者による選択:東海光学製遮光レンズCCP400シリーズR(Fallenleaves:FL,SpringColor:SC,Trunk:TR,MiddleGray:MG,LightGray:LG)の5種類の中から,夏の強い日差しの屋外を見たとき(以下,強い日差し),そしてPC画面で作業したときに視界がもっとも好ましいあるいは快適だと感じたものを選択させた.使用したCCP400シリーズの分光透過率を図1に示す.実験②:コントラスト視力検査:46名中21名に対してCAT2000(メニコン社製)を用いて,遠見完全屈折矯正下においてコントラスト視力を測定後,実験①の遮光レンズにサングラスを加えた計6種類を装用させて,同様に測定を行った.本機器の視標光源は白色発光ダイオード(lightemittingdiode:LED),視標はlogMAR値.0.1.1.0までの0.1間隔で12サイズ,100,25,10,5,2.5%のコントラストのLandolt環であった.条件は測定距離:遠見(無限遠),昼間視(背景輝度:100cd/m2)において,グレア光なし,ありの2条件とした.既報10,11)に準じて,半暗室(5lux,1000asb)で暗順応を5分間行った後で両眼開放にて昼間視,グレア負荷昼間視の順にそれぞれ5段階(100,25,10,5,2.5%)のコントラスト値で測定を行った.視標は5回呈示したときに3回正答で判別とした.結果の解析にはSPSS22.0を用い,測定したlogMAR値に分散分析(反復測定)を行い,有意差が得られたものに対してBonferroni法を行った.III結果実験①:図2にレンズの選択結果を示す.強い日差しにおける遮光レンズではTRがもっとも好まれ,PC画面作業で図1本研究で使用した5種類の遮光レンズとサングラスの分光透過率曲線遮光レンズの分光透過率曲線は東海光学ホームページを参照とした.(http://www.eyelifemegane.jp/product/product1.php)1500あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(128) FLMGLGTRSCSun-glass0.10.150.20.250.3logMAR値FLMGLGTRSCSun-glass0.20.30.40.50.6logMAR値FLMGLGTRSCSun-glass0.40.50.60.70.8logMAR値********FLMGLGTRSCSun-glass0.10.150.20.250.3logMAR値FLMGLGTRSCSun-glass0.20.30.40.50.6logMAR値FLMGLGTRSCSun-glass0.40.50.60.70.8logMAR値********TRSCLGMGFLTRSCLGMGFL屋外PC画面1410101112191096-0.2-0.100.10.20.3logMAR値0.40.50.60.70.80.9100251052.5FLMGLGTRSCSunglassn=46**:p<0.01FLMGLGTRSCSun-glassFLMGLGTRSCSun-glass-0.08-0.06-0.040-0.020.1**0-0.050.050.15logMAR値いて,有意にlogMAR値が上昇(視力は低下)した(p<0.05,反復測定分析).FL,MG,LG,SC間では有意差はみられlogMAR値なかった.IV考察ヒトは網膜のL,M,S錐体,杆体によって380nmからコントラスト10%コントラスト5%コントラスト2.5%780nmまでの波長の光を感じることが可能であり,明所視時は555nmの波長の光をもっとも明るく感じる.これはブルーライトの波長領域である12).S錐体は445nmに最大吸収力をもち,L,M錐体と比べ比視感度は極端に悪い13).実験①で屋外において自覚的に選択された遮光レンズTRは,コントラスト視力における視機能評価において,一般のサン図4グレア下におけるコントラスト別の結果の比較図3の結果をさらに詳しく,統計結果とともに表したものを示す.横軸は使用したレンズの種類,縦軸はlogMAR値である.図2遮光レンズの自覚的選択結果図中の数値は屋外,PC画面を見た際,各遮光レンズを自覚的に選択した人数を示す.はSCがもっとも好まれた.実験②:図3にグレア下の各種レンズのコントラスト視力,図4にグレア下の各コントラスト間での比較を示す.サングラスはコントラスト25%以下すべてのコントラストにおいて,有意にlogMAR値が上昇(視力は低下)した(p<0.01,反復測定分析).TRはコントラスト10%,2.5%におコントラスト(%)図3グレア下における各種レンズのコントラスト視力5種類の遮光レンズとサングラスを使用した状態でのCAT2000の測定値の平均をグラフ化したものである.横軸はコントラスト(%),縦軸はlogMAR値であり,logMAR値が下降するほど視力はよい.コントラスト100%コントラスト25%*:p<0.05グラスより結果はよいものの,他の遮光レンズと比較すると良好な結果を示すことができなかった.これは,TRの分光透過率が700nm以下から極端に低下しているため,比視感度も低下し,コントラスト視力の低下につながったと考えられる.遮光レンズFL,MG,LG,SCは各々のコントラスト視力値に有意差はみられなかったが,PC画面上における自覚的なレンズ選択では遮光レンズSCがもっとも好まれた.Zigmanは480nm以下の波長の光を除去するフィルターを装用することで視機能の向上がみられると報告している8).他の遮光レンズと比較しても,SCは555nmにおいて透過率を維持し,かつ480nm以下の短波長領域の透過率を適度に低下させているため,またグレア光照射による瞳孔縮瞳により収差が軽減されコントラスト視力が上昇したと考えられる.ラットの視神経切断だけでは光刺激による羞明反応としての瞬目は消失せず,三叉神経の切断により瞬目は消失することから,視覚系ではなく三叉神経系が羞明感に重要な役割を持つとしている14).遮光レンズによりS錐体の活動が抑制され,網膜光受容体への光入力による三叉神経核の興奮15)を軽減させて羞明感の緩和に役立っているからではないかと考えられる.PC作業時には遮光レンズSCが有用であることが示された.(129)あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151501 本研究の一部は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(c)課題番号25350629の助成を受けて行った.文献1)鈴木三保子:ブルーライトによる網膜障害.眼科55:769772,20132)石川均:内因性光感受性網膜神経節細胞の特徴.眼科55:773-777,20133)坪田一男:ブルーライト問題総論.眼科55:763-767,20134)尾花明:光による眼の障害(特集資料青色照明光の心理・生理的効果とその評価).照明学会誌97:621-626,20135)楡井しのぶ,堂山かさね,国谷暁美ほか:井上眼科病院における遮光眼鏡の選定に影響を及ぼす因子.日視会誌39:217-223,20106)ZhouJ,SparrowJR:Lightfilteringinaretinalpigmentepithelialcellculturemodel.OptomVisSci88:759-765,20117)堀口浩史:遮光眼鏡と羞明分光分布から羞明を考える.あたらしい眼科30:1093-1100,20138)ZigmanS:Visionenhancementusingashortwavelengthlight-absorbingfilter.OptomVisSci67:100-104,19909)SassevilleA,PaquetN,SevignyJetal:Blueblockerglassesimpedethecapacityofbrightlighttosuppressmelatoninproduction.JPinealRes41:73-78,200610)金澤正継,魚里博:薄暮視における遮光レンズの分光透過率とコントラスト感度との関係.眼臨紀6:542-547,201311)野上かおり,魚里博,藤山由紀子ほか:CAT2000での低コントラスト視力.日本視能矯正協会誌32:115-119,200312)AtchisonDA,SmithG:OpticsoftheHumanEye.p99104,Butterworth-Heinemann,England,200013)SmithVC,PokornyJ:Spectralsensitivityofthefovealconephoto-pigmentsbetween400and500nm.VisionRes15:161-171,197514)DolgonosS,AyyalaH,EvingerCetal:Light-inducedtrigeminalsensitizationwithoutcentralvisualpathways:anothermechanismforphotophobia.InvestOphthalmolVisSci52:7852-7858,201115)OkamotoK,TashiroA,ChangZetal:Brightlightactivatesatrigeminalnociceptivepathway.Pain149:235242,2010***1502あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(130)

VDT作業に伴うドライアイに対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液への切り替え効果

2013年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(6):871.874,2013cVDT作業に伴うドライアイに対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液への切り替え効果内野裕一*1,2坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2東京電力病院眼科EffectofSwitcingTreatmentfromExistingTherapyto3%DiquafosolSodiumEyedropsforDryEyeinVDTUsersYuichiUchinoandKazuoTsubota1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoElectricPowerCompanyHospital既治療で効果が不十分なvisualdisplayterminals(VDT)作業者に対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液:以下,DQS)への切り替え効果を検討した.VDT作業者のドライアイ確定例もしくは疑い例に対して,点眼治療しているにもかかわらず涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)が5秒以下で,ドライアイ自覚症状が強く残存している16例16眼において,既治療薬をDQSに切り替えて4週間点眼し,角結膜上皮障害スコア,BUT,自覚症状(12項目)を評価した.角結膜上皮障害スコアは1.1から0.3(p=0.0078)へ,BUTは2.4秒から3.9秒(p=0.0156)へと有意に改善した.自覚症状は12項目中7項目が有意に改善した.VDT作業に伴うドライアイに対して既存治療の効果が不十分である場合,DQSへの切り替えは自覚症状・他覚所見の双方の改善に有用であると考えられた.Invisualdisplayterminal(VDT)users,weinvestigatedtheeffectofswitchingdryeyediseasetreatmentfrominsufficientdrugsto3%diquafosolsodiumeyedrops(DiquasR:DQS).Enrolledinthisstudywere16VDTusers(16eyes)withdefiniteorprobabledryeyedisease,havingbothstrongsymptomsandatearfilmbreakuptime(BUT)oflessthan5seconds.At4weeksafterswitchingtoDQStreatment,thepatients’keratoconjunctivalstainingscore,BUTandsubjectivesymptoms(12items)wereevaluated.Significantimprovementwasseeninkeratoconjunctivalstainingscore(from1.1to0.3;p=0.0078),BUT(from2.4to3.9seconds;p=0.0156)and7ofthesubjectivesymptoms.WeconcludethatinVDTusers,itiseffectivetoswitchfrominsufficienttreatmentfordryeyediseasetoDQS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):871.874,2013〕Keywords:VDT作業,ドライアイ,ジクアホソルナトリウム,切り替え効果.VDToperation,dryeye,diquafosolsodium,effectofswitching.はじめに厚生労働省の調査によると,職場におけるvisualdisplayterminals(VDT)作業者の割合は1988年には15.3%であった1)が,2008年には87.5%と労働者のほとんどがVDT作業に従事し,そのうち4人に1人はパーソナルコンピュータ(PC)機器を1日6時間以上も使用する状況になっている2).VDT作業者の68.6%が身体的な疲労や症状を訴え,眼の痛み・疲れ(90.8%),首・肩のこり・痛み(74.8%)が多く認められている2).また,VDT作業に従事するオフィスワーカーの約3人に1人がドライアイ確定例と診断され,疑い例を含むと75.0%にドライアイの可能性があると報告されている3)ことからも,ドライアイはVDT作業者の眼の痛み・疲れの一因であることが考えられる.特にVDT作業に伴うドライアイの発症要因として,作業中の瞬目回数減少に起因した開瞼時間延長による涙液蒸発亢進に伴う涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)の短縮4)が注目されており,〔別刷請求先〕内野裕一:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YuichiUchino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(149)871 このBUT短縮型ドライアイでは角膜上皮細胞表面の膜型ムチンの発現低下による角膜表面の水濡れ性低下が起きていると考えられている5).また,重症型ドライアイの一つであるSjogren症候群では,涙液中のMUC5ACが健常人と比較して,有意に減少していることも報告されている6).3%ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液:以下,DQS)は結膜組織からのMUC5AC分泌を促進させることが報告されており7),日本で行われた第II相試験では,ドライアイ患者においてプラセボに比較して,フルオレセイン角膜染色ならびにローズベンガル角結膜染色のスコアを有意に改善させることが確認されている8).以上からVDT作業に伴うドライアイに対しても有効性を発揮する可能性がある.そこで,筆者らはVDT作業に伴うドライアイ患者で,既存治療では十分な改善が得られていない患者を対象に,DQSへの切り替え効果を検討した.I対象および方法1.対象日常的にVDT作業を行い,ドライアイ自覚症状を呈し,2006年ドライアイ診断基準9)によりドライアイ確定例または疑い例と診断された患者で,すでにドライアイに対して点眼治療を行っているものの,その効果に満足していない患者を対象とした.ただし,アレルギー性結膜炎,ぶどう膜炎,糖尿病角膜症の罹患者,実施計画書で定めた受診ができない患者,担当医が不適切と判断した患者は除外した.試験開始時には試験対象者に試験内容を十分説明したうえで,試験参加の同意を文書にて取得した.本試験はヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則および臨床研究に関する倫理指針(平成20年7月31日全部改正,厚生労働省)に従って実施した.また,本試験は調査実施医療機関の外部に設置された倫理委員会(両国眼科クリニック)における審査・承認を得たうえで実施した.2.有効性評価DQSは1日6回,4週間点眼投与した.点眼開始時に背景因子(性別,年齢,VDT作業時間)を調査し,点眼開始時および点眼4週間後に眼科学的検査(フルオレセイン染色後,コバルトフィルターを用いて角結膜上皮障害スコア(0.9点)を評価,また開瞼時から涙液層が破綻するまでの時間をストップウォッチで測定し,BUTとして評価,また自覚症状スコア12項目(異物感,羞明感,掻痒感,眼痛,乾燥感,鈍重感,霧視,眼疲労感,眼不快感,眼脂,流涙,充血:各0.3点;「なし」0点,「少しある」1点,「ある」2点,「非常にある」3点)を実施した.なお,観察対象眼は両眼とし,DQSによる改善効果を判定する評価対象眼は,点眼開始時の角結膜上皮障害スコアおよびBUTで判定したド872あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013ライアイ症状の強い眼とし,同等の場合には右眼とした.3.安全性評価試験期間中に有害事象が出現した場合には,症状,程度,発現日,処置の有無と内容,転帰,DQSとの関連性を記録し,有害事象のうちDQSとの関連性を否定できないものを副作用とした.4.統計解析DQS点眼前後の比較は,角結膜上皮障害スコアおよび自覚症状スコアについてはWilcoxon符号付順位検定,BUTは対応のあるt検定,自覚症状と他覚所見のそれぞれの改善変化量の相関関係はSpearmanの順位相関係数(r)を用い,有意水準は両側5%(p<0.05)とした.本文中の記述統計量は原則として平均値±標準偏差の表記法に従った.II結果1.対象および背景因子VDT作業に伴うドライアイで既治療からDQSに切り替えた患者は16例(男性10例,女性6例),平均年齢は56.1±8.3(34.68)歳であった.1日当たりのVDT作業時間は1.10時間(平均5.7時間)で,5時間以上作業しているVDT作業者は11例(68.7%)であった.DQSへの切り替え前のドライアイ治療は,精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液9例,人工涙液型点眼液7例であった.なお,矯正視力1.0未満およびコンタクトレンズ装用者は含まれていなかった.2.DQS切り替え効果DQSへの切り替えにより,フルオレセイン染色による角結膜上皮障害の平均スコアは1.1点から0.3点と有意に改善し(p=0.0078,Wilcoxonの符号付順位検定,図1),BUTの平均値も2.4秒から3.9秒と有意に改善し(p=0.0156,対応のあるt検定,図2),DQSへの切り替え効果が認められた.自覚症状スコアについては,羞明感(p=0.0469),掻痒感(p=0.0068),乾燥感(p=0.0059),鈍重感(p=0.0107),霧視(p=0.0039),眼疲労感(p=0.0059),充血(p=0.0156)の7項目に,DQS切り替えによる有意な改善が認められた(すべてWilcoxonの符号付順位検定,図3).自覚症状のなかで患者が最も辛い症状としてあげたのは,乾燥感5例(31.3%),眼疲労感3例(18.8%),眼痛2例(12.5%),異物感・羞明感・鈍重感・霧視・流涙・充血各1例(6.3%)であった.また,最も良くなった症状として患者があげたのは,乾燥感5例(31.3%),眼痛3例(18.8%),羞明感・鈍重感・眼疲労感各2例(12.5%),異物感・充血各1例(6.3%)であった.自覚症状の改善度と他覚所見の改善度との相関関係は,鈍重感とBUTの改善度(相関係数r=0.3175,p=0.0404)ならびに霧視とBUTの改善度(相関係数r=0.3678,p=0.0166)で有意な相関関係が認められた.(150) n=16n=16Wilcoxonの符号付順位検n=16Wilcoxonの符号付順位検定対応のあるt検定3.0p=0.00787.0p=0.01562.5切り替え前1.10.36.02.43.9自覚症状スコア角膜上皮障害スコア5.0BUT(秒)2.04.01.53.01.02.00.51.00.00.0切り替え後切り替え前切り替え後図1角結膜上皮障害スコアの推移図2BUTの推移各n=16**:p<0.05Wilcoxonの符号付順位検定3.0*:切り替え前■:切り替え後1.90.9*2.5**1.50.8**図3自覚症状スコアの推移1.10.61.30.71.10.31.40.90.40.3異物感羞明感.痒感眼痛乾燥感鈍重感霧視眼疲労感眼不快感眼脂流涙充血1.40.72.11.10.41.22.01.51.00.50.01.10.90.40.4なお,今回,DQSへの切り替えによる新たな副作用の発現は認められなかった.III考按われている膜型ムチンの発現低下が推察されている5).このような患者群に対して,人工涙液は一時的な水分および電解質の補充効果しか期待できず,精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液は角膜上皮伸展促進作用および保水作用による治療効IT機器の急速な普及により職場でのPC使用は不可欠になり,その使用も長時間化している現状にある1,2).VDT作業に伴うドライアイを訴える患者は急増しており3),早急な対策が求められている.VDT作業時には瞬目回数が減少し瞬目間の開瞼時間が延長するため,涙液蒸発量が増加して蒸発亢進型ドライアイを発症すると考えられる4).しかし,最近,ドライアイ症状を強く訴えるものの涙液量は正常で角結膜上皮障害も少ないが,BUT短縮のみが認められるBUT短縮型ドライアイが注目されている.VDT作業時には瞬目間の開瞼時間の長さよりもBUTが短いことが関係している可能性が報告されており10,11),VDT作業者にみられるドライアイはBUT短縮型ドライアイであることが少なくない.このBUT短縮型ドライアイでは涙液層の安定性低下による高次収差の乱れが観察され12),日常生活に即した視力である実用視力も低下しやすいことが示唆されている13).また,BUT短縮型ドライアイの一因として,角結膜上皮細胞の最表面に発現して眼表面の水濡れ性を向上させるとい(151)果が認められ,角結膜上皮障害の治療薬として汎用されているが,ムチン分泌促進作用は認められていない5).したがって,眼表面を被覆する膜型ムチンの発現や,涙液中の分泌型ムチンの低下が示唆されるドライアイに対しては十分な治療効果が得られない可能性がある.一方,新規ドライアイ治療薬のDQSは結膜上皮および結膜杯細胞膜上のP2Y2受容体に作用し,細胞内カルシウム濃度を上昇させ,水分およびムチンの分泌促進作用により涙液の質と量の双方を改善すると考えられている7,14.17).したがって,精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液などの従来の治療薬では効果不十分であった症例に対しても,DQSは有効である可能性がある.そこで,今回,筆者らは既存薬で治療しているVDT作業に伴うドライアイ患者のなかで,その治療効果に満足していないBUT短縮型ドライアイ患者を対象に,治療薬をDQSに切り替えた場合の切り替え効果を検討した.今回検討したVDT作業に伴うドライアイ患者16例は,長時間(5時間以上)にわたってVDT作業に従事しているあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013873 患者が多かった(68.7%).DQSへの切り替え前のドライアチン分泌促進作用を有するDQSに切り替えることで,自覚イ状態をみると,フルオレセイン染色による角結膜上皮障害症状・他覚所見の双方に対して,症例数が少ないながらも有スコアの平均は1.1と障害度は高くないが,BUTの平均は意な改善が得られた.このことから,VDT作業に伴うドラ2.4秒と短く,患者が最も辛いとした症状の乾燥感スコア(3イアイに対して既存の治療で効果不十分な場合には,DQS点満点)の平均も1.9点と高かった.このことから,今回のへの切り替えが有用な選択肢の一つになると考えられた.試験対象者は点眼加療を継続しているにもかかわらずBUTが5秒以上へと改善していなかったBUT短縮型ドライアイ利益相反:利益相反公表基準に該当なしが多く含まれており,そのために従来の治療薬では十分な治療効果が得られなかったことが推測された.今回,DQSに文献切り替えて4週間点眼したことにより,BUTの平均は2.4秒から3.9秒に有意に延長し(p=0.0156,対応のあるt検1)労働省大臣官房政策調査部:技術革新と労働に関する実態調査報告昭和63年,1988定),もともと高くなかった角結膜上皮障害度スコアの平均2)厚生労働省大臣官房統計情報部:平成20年技術革新と労働は1.1から0.3に,さらなる有意な低下が認められた(p=に関する実態調査結果,20080.0078,Wilcoxonの符号付順位検定).角結膜上皮障害の治3)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,2005療薬として使用されることの多い精製ヒアルロン酸ナトリウ4)横井則彦:蒸発亢進型ドライアイの原因とその対策.日本ム点眼液と比較しても,切り替えたDQSが遜色のない治療の眼科74:867-870,2003効果を示すことが確認された.5)加藤弘明,横井則彦:ムチンの産生を増やす治療.あたらしい眼科29:329-332,2012自覚症状スコアは12項目中7項目が有意に改善しており,6)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:切り替え前に最も辛い症状と訴えた患者が5例(31.3%)とDecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACin最も多かった「乾燥感」は平均スコアが1.9点から0.9点にtearsofpatientswithSjogrensyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,2002有意に改善した(p=0.0059,Wilcoxonの符号付順位検定).7)七條優子,阪元明日香,中村雅胤:ジクアホソルナトリウまた,DQS点眼4週後に最も良くなった症状として「乾燥ムのウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌促進作用.あた感」をあげた患者も5例(31.3%)と最も多かった.すでにらしい眼科28:261-265,20118)MatsumotoY,OhashiY,WatanabeHetal:Efficacyand精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液や人工涙液による点眼治safetyofdiquafosolophthalmicsolutioninpatientswith療からのDQSへの切り替えのみで,7項目にも及ぶ自覚症dryeyesyndrome:aJapanesephase2clinicaltrial.Oph状の有意な改善が確認されたことから,P2Y2受容体を介しthalmology119:1954-1960,20129)島﨑潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科た結膜上皮細胞からの水分分泌ならびに結膜杯細胞からのム24:181-184,2007チン分泌という新しい薬理機序による治療効果は今後期待で10)佐藤直樹,山田昌和,坪田一男:VDT作業とドライアイのきると思われる.特に改善が顕著に認められた「乾燥感」関係.あたらしい眼科9:2103-2106,199211)TsubotaK,NakamoriK:Dryeyesandvideodisplayterは,DQSによる細胞内カルシウムイオンを介した水分分泌minals.NEnglJMed328:584,1993という薬理作用によって改善された可能性がある.また,ド12)KohS,MaedaN,HoriYetal:Effectsofsuppressionofライアイ自覚症状の一つである「眼の疲れ」は,今回の検討blinkingonqualityofvisioninborderlinecasesofevaporativedryeye.Cornea27:275-278,2008では平均スコアが2.1点から1.1点へと有意に改善していた.13)KaidoM,IshidaR,DogruMetal:Therelationoffuncこの「眼の疲れ」に関しては,DQSによる結膜杯細胞からtionalvisualacuitymeasurementmethodologytotearの分泌型ムチンMUC5ACの分泌が促進されたことにより,functionsandocularsurfacestatus.JpnJOphthalmol55:451-459,2011lubricant(潤滑剤)効果が作用した可能性がある.また,14)CowlenMS,ZhangVZ,WarnockLetal:LocalizationofBUTの改善度と「鈍重感」および「霧視」の二つの自覚症ocularP2Y2receptorgeneexpressionbyinsituhybrid状の改善度が有意に相関していたことから,BUT短縮といization.ExpEyeRes77:77-84,200315)PendergastW,YerxaBR,DouglassJG3rdetal:Syntheう涙液不安定性により,二つの自覚症状が悪化しやすい可能sisandP2Yreceptoractivityofaseriesofuridinedinu性が新たに示唆された.cleoside5¢-polyphosphates.BioorgMedChemLett11:今回の検討で,VDT作業に伴うドライアイに対して既存157-160,200116)七條優子,篠宮克彦,勝田修ほか:ジクアホソルナトリ薬で治療しても効果不十分であった症例は,膜型ムチンの発ウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作現や涙液中の分泌型ムチン濃度が低下している可能性のある用.あたらしい眼科28:543-548,2011BUT短縮型ドライアイの症例であった.17)七條優子,村上忠弘,中村雅胤:正常ウサギにおけるジクアホソルナトリウムの涙液分泌促進作用.あたらしい眼科これらの症例に対して,ムチン分泌促進作用が認められな28:1029-1033,2011い精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼薬などから水分およびム874あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(152)