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さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例

2014年8月31日 日曜日

1232あたらしい眼科Vol.4108,21,No.3(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor.(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor. 図1症例1:入院時頭部MRI所見大脳鎌・両側頭部の硬膜肥厚を認める(→).Gd造影にて強く増強された.科にて頭部単純コンピュータ断層撮影(CT)を撮影されたが異常は認められなかった.そのため,緑内障の疑いにて当科紹介受診となった.眼科的所見:視力は,右眼視力(VD)=指数弁/30cm,左眼視力(VS)=0.8(1.0),眼圧は,右眼16mmHg,左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は右眼遅鈍かつ不完全であり,相対的求心性瞳孔反応(RAPD)は,右眼陽性であった.動的視野検査は,右眼では下方視野欠損,左眼ではMariotte盲点拡大を認めた.眼球運動には異常なく,前眼部・中間透光体にも異常を認めなかった.眼底は,右眼に視神経萎縮,左眼に視神経乳頭腫脹があり,FosterKennedy症候群と考えられた.神経学的所見:意識清明で,視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:C反応性蛋白(CRP)7.6mg/dl,白血球数(WBC)7,500/μl,赤血球沈降速度(ESR)45mm/時,ツベルクリン反応は陰性,抗体検査において抗好中球細胞質抗体(C-ANCA)20EUと上昇を認めた.髄液所見は初圧47cmH2Oと著明な脳圧の亢進を認めた.また,髄液細胞24個/3μl,髄液蛋白116mg/dlと増加がみられた.放射線学的所見(図1):頭部MRIにおいて,ガドリニウム(Gd)造影にて強く増強される大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚を認めた.また,脳溝が消失しており,脳圧の亢進が示唆された.経過:肥厚性硬膜炎と診断し,原疾患の検索を行った.C-ANCA陽性のため,耳鼻咽喉科にて精査したところ鼻中隔穿孔が認められ,生検を施行した結果,Wegener肉芽腫症と診断された.プレドニゾロン(PSL)45mg/日より内服を開始し,脳圧亢進に対してグリセオール点滴を行った.その後,頭痛が増悪し,誇大発言や行為心迫などの精神障害が出現したため,抗躁薬の内服・シクロホスファミド(CPA)100mg/日の内服を追加した.それ以降症状軽減し,脳圧の下降とともに頭痛症状も消失した.その後,緩徐にPSL・CPAを減量していったが,症状の再発はみられなかった.〔症例2〕66歳,男性.主訴:頭痛.家族歴:妹関節リウマチ.既往歴:リケッチア症.現病歴:半年前に不明熱が続き,精査をしたところ尿蛋白陽性・抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(P-ANCA)陽性であり,アレルギー性血管炎症候群と診断されていた.2週間前より右前頭部痛が起こり,複視・左聴力低下も同時期に出現した.内科入院となり,複視に対する精査目的にて当科紹介受診となった.原疾患に対してPSL20mg内服を行われていた.眼科的所見:視力は,VD=(1.2),VS=(1.2),眼圧は,右眼13mmHg左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPD陰性であった.眼位は,右眼上斜視・外斜視で,Bielschowsky頭部傾斜試験は右眼陽性であった.視野検査は正常,前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で,右角膜知覚低下・左聴力低下を認めた.その他,明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP6.9mg/dl,WBC9,500/μl,ESR46mm/時と炎症所見がみられた.ツベルクリン反応は陰性,抗体検査においてリウマトイド因子定量139IU/ml,P-ANCA19EUと上昇を認めた.髄液所見は正常であった.放射線学的所見:単純頭部MRIにおいて海綿静脈洞・眼窩先端部に異常を認めなかった.経過:現疾患による血管炎の増悪を疑い,PSL20mgより50mgに増量し経過観察した.1カ月後より頭痛・眼痛が増悪し,CRPも25.2mg/dlと上昇,眼球運動障害の増悪,右眼瞼下垂が出現した.VD=(0.8)と低下し,右眼散瞳,対光反応遅鈍かつ不完全となった.眼球運動も全方向性に不良となった.造影頭部MRI(図2)では,前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた.眼窩内炎症性偽腫瘍の頭蓋内浸潤に伴い肥厚性硬膜炎を呈しているものと考えた.ステロイドパルス療法〔メチルプレドニゾロン(mPSL)1g×3日〕1クール・CPAパルス(CPA500mgを4週間毎)を3クール施行するも,その後に視力障害が急速に進み右眼手動弁まで低下した.MRI所見では眼窩内炎症・硬膜肥厚の改善を認め,眼球運動・聴力障害も改善したものの,頭痛症状・視力障害の改善は得られなかった.(153)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141233 水平断冠状断図2症例2:頭部MRI所見(Gd造影)中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた(→).眼窩内炎症性偽腫療が頭蓋内に浸潤している所見であった.〔症例3〕51歳,女性.主訴:左眼のかすみ.既往歴:混合性結合組織病(MCTD).現病歴:2カ月前より左眼のかすみに気づいた.次第に増強してきたため近医を受診し,左視神経症の疑いにて単純頭部MRIを撮影されたが明らかな異常なく,精査目的にて当院初診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.5),VS=(0.06),眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は左眼遅鈍かつ不完全,RAPDは左眼陽性であった.動的視野検査では左眼下方視野障害を認めた.眼球運動に異常なく,眼球運動痛も認めなかった.前眼部・中間透光体に異常なく,眼底は視神経乳頭に異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC6,700/μl,ESR102mm/時と炎症所見を示した.抗体検査において抗リボヌクレオチド蛋白(RNP)抗体高値であった.放射線学的所見:初診時造影頭部MRIにおいて異常は認められなかった.経過:抗RNP抗体高値から自己免疫性の視神経炎と診断しステロイドパルス療法を施行した.投与後早期から視力の改善がみられ,VS=(1.5)まで改善した.パルス療法以降のステロイド投与は1カ月につきPSL5mgのペースで漸減した.4カ月後に再増悪し,造影頭部MRI(図3)にて,前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚を認め,肥厚性硬膜炎と診断した.ステロイドの漸減に伴い症状の増悪を繰り返すため,CPAパルス(CPA500mgを4週間毎に投与)を6クール施行した.頭痛症状も軽快し,経過良好であったが,1年後に再び両眼の視神経障害をきたした.ステロイドパル図3症例3:増悪時頭部MRI所見(Gd造影)前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚(→)を認める.スを行い,視力は1.2まで改善し,頭痛症状も軽快した.再発に注意しながら現在はCPA100mg内服・PSL20mg内服にて経過は良好である.〔症例4〕16歳,女性.(154) 図4症例4:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に肥厚(→)を認めた.主訴:複視.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:5年前より近医で間欠性外斜視にて経過観察されていた.今回,右眼周囲の痛み・複視が出現した.近医受診し,内斜視を認めたため当院へ紹介受診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.2),VS=(1.2),瞳孔は正円かつ同大,対光反応は迅速かつ不完全,RAPDは陰性であった.眼位は20プリズムディオプター(PD)の間欠性外斜視,眼球運動には異常を認めず,前眼部・中間透光体および眼底にも異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,右三叉神経第一枝領域痛があった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC7,600/μl,ESR35mm/時と軽度の炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性であった.単純頭部MRI:異常を認めなかった.経過:頭痛が持続し,1カ月後より右眼に眼前暗黒感が出現した.右眼RAPD陽性を認め,視神経症が疑われたため,造影頭部MRI(図4)を撮影したところ,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に造影効果を示す硬膜の肥厚を認めた.肥厚性硬膜炎と診断し,ステロイドパルスを施行したところ早期より視神経障害は改善した.しかし,頭痛症状は持続した.その後,ステロイド内服の増減をしながら経過をみているが再発はみられていない.〔症例5〕77歳,男性.主訴:頭痛.既往歴:高血圧.家族歴:姉,母;高血圧,姉;脳出血,母;脳梗塞.現病歴:52歳頃より右半側の頭痛を自覚.集中すると感じない程度の痛みであった.62歳頃より頭痛に対して市販の鎮痛薬の内服を開始した.同時期より左難聴が出現した.3年前より頭痛が左半分に移るようになった.その約2年後に頭痛は消失したが,さらに1年後左頭痛が再発・増悪し,幻視・左耳痛が出現するようになった.さらに左方視時に複視を自覚するようになり近医を受診した.精査加療目的で当科紹介初診となった.眼科的所見:視力はVD=(0.9),VS=(0.8),瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPDは左眼陽性であった.眼位は正位,左外転障害が認められた.視野には異常がなかった.前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,左三叉神経第一枝領域に感覚異(155)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141235 図5症例5:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚(→)を認めた.常があった.検査所見:CRP1.3mg/dl,WBC7,100/μl,ESR53mm/時と炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性,梅毒抗体陰性,b-Dグルカン陰性,P-ANCA陰性であった.髄液検査は髄液細胞数3/3μl,髄液蛋白70mg/dl,髄液グルコース63mg/dlと正常であった.経過:入院後,眼窩部CTにて左眼窩先端部腫瘤を認めた.症状,経過より側頭動脈炎が否定できないため,左浅側頭動脈生検を施行した.同日施行した頭部造影MRI(図5)にて,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚と造影効果を認め,左眼窩先端部腫瘤を伴う肥厚性硬膜炎と考えられた.眼窩先端部腫瘤に関して,悪性腫瘍を疑ってポジトロン断層法(PET-CT),胸部CTによる他病巣の検索を行ったが特に異常はみられなかった.他の炎症性疾患は否定的であったため,特発性肥厚性硬膜炎との診断を下し,mPSL1,000mg/日にてパルス療法を開始した.開始同日より左眼の視力改善の自覚あり.その後は,PSL60mg内服を開始し,以後漸減した.視力はVD=(1.0),VS=(0.7p)となり退院となった.その後,ステロイド薬の漸減をしながら経過をみているが再発はみられていない.II考按肥厚性硬膜炎は頭蓋底に好発するリンパ球や形質細胞などの炎症細胞の浸潤を伴う硬膜肥厚を特徴とするとされている.以前は結核1)・梅毒2)などの感染性疾患が多く報告されていたが,現在では膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発するものが多く報告されている3.10).筆者らもWegener肉芽腫症,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎症候群,MCTDの3例を経験した.報告例は多くないものの今までにも同疾患との合併報告がなされている3.5).さらにOlmosら11)は,multifocalfibrosisに肥厚性硬膜炎が高頻度で合併していることを報告している.Multifocalfibrosisは後腹膜線維症,縦隔線維症,硬化性胆管炎,Riedel甲状腺炎,眼窩内偽腫瘍などがさまざまな組み合わせで生じる原因不明の疾患であるが,ステロイドが奏効するため自己免疫疾患であることが推定されている10,11).症例2において眼窩内に生じた偽腫瘍が頭蓋内に進展し,硬膜肥厚を呈した症例を経験したが,他の疾患の合併は認めなかった.また,症例5においても,眼窩先端部腫瘤へと続く前頭蓋窩の硬膜肥厚を認めていたが,他の炎症性疾患の合併を認めなかった.宮田ら12)は,自験例とそれまでに報告された22例の日本での報告例を以下のようにまとめている.性別は男性9例,女性13例でやや女性が多く,年代的には50歳代・70歳代が多かった.19例(87%)に脳神経障害がみられ,11例(50%)に頭痛,4例(18%)に失調症状が認められた.検査結果においてCRPの上昇が71%にみられ,血沈が76%で亢進していた.また,髄液検査において細胞数増多かつ蛋白上昇が66%,蛋白のみ上昇が23%にみられた.Parneyら13)は頭痛,脳神経麻痺,失調がそれぞれ88%,62%,32%であったと報告している.また,脳神経障害の頻度は,内耳神経,三叉神経,顔面神経,舌咽神経,迷走神経,視神経の順であったと報告している.筆者らの自験例5例の特徴を表1に示す.年齢は慢性炎症性疾患の合併例3例においては50.60歳代であった.また,全例で頑固な頭痛症状を認め,炎症反応も上昇していた.Rikuら14)は,硬膜肥厚部を海綿静脈洞・上眼窩裂を巻き込んだものと,小脳テント・後頭蓋窩の肥厚例の2つのパターンに分類し,それに伴った神経症状をまとめている.彼らによると前者は脳神経II.VII麻痺を生じるとされている.今までの報告例のなかでTolosa-Hunt症候群とされてきた症例のなかに肥厚性硬膜炎であった可能性や,2つの疾患の関連性が考えられる.自験例においては5例ともに前頭蓋窩の肥厚を認め,前者のパターンに分類されるが,症例4では小脳テントの肥厚・後頭蓋窩の肥厚も合併していた.また,(156) 表1各症例の所見と治療年齢性別基礎疾患症状脳神経症状CRP(mg/dl)赤沈(mm/時)髄液MRI所見治療症例157男性Wegener肉芽腫症頭痛・II7.645細胞数8/μl蛋白116mg/dl大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚ステロイドCPAグリセオール症例266男性アレルギ―性血管炎頭痛・II・III・IV・V1・VII6.946細胞数1/μl蛋白23mg/dl前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像ステロイドCPAパルス症例351女性混合性結合組織病頭痛・II1.6102未施行前頭蓋窩.中頭蓋窩,大脳鎌の硬膜肥厚ステロイドCPAパルス症例416女性(間欠性外斜視)頭痛・IIV11.635未施行右小脳テント・中.後頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイド症例577男性(眼窩先端部腫瘤)頭痛・IIV1・VI1.353細胞数1/μl蛋白70mg/dl左眼窩先端部腫瘤から連続する左前頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイドMckinneyら15)は,頭蓋内進展と虚血性視神経症との関係にも言及している.自験例のうち,症例2も急激な視力低下があり,ステロイド・CPAの投与により眼窩内偽腫瘍の縮小・硬膜肥厚の改善が早期よりみられたにもかかわらず視力の改善が得られておらず,虚血性変化の関連が示唆される.肥厚性硬膜炎の治療には原疾患の治療が第一であるが,症状に応じて種々の方法が行われている.一般的には副腎皮質ステロイドが治療の第一選択とされている.しかし,ステロイドが有効な症例であっても,中止や減量により再燃することが多いことが問題である16).治療期間の明確なエビデンスは示されていないが,数カ月から数年の少量投与を必要とすることが多い.Bosmanら17)は,1990年以降に行われた治療法をまとめた結果を報告している.それによると60例中56例(93%)でステロイド治療が施行されている.そのなかでステロイド単独が65%であり,そのうち46%で再発を認めている.10%でアザチオプリン,3.3%でメソトレキセート,1.6%でCPA,1.6%で外科的手術が併用されていた.自己免疫疾患に関連する症例においては,ステロイドに反応しない,もしくは再燃する場合,アザチオプリンやCPAなどの免疫抑制薬の併用が検討される.自験例においても再燃例が多く,病状のコントロールのためCPAのパルス療法を併用した.血漿交換療法が有効であったとの報告もあるが,報告例はまだ少ない.肥厚性硬膜炎は難治性であり,治療に苦慮するケースが多くみられる.自己免疫疾患に有効な治療が肥厚性硬膜炎に有効であり,硬膜に対する自己免疫反応が大きくかかわっていることが示唆される.硬膜への特異的な自己抗体の解明や,肥厚性硬膜炎で認められるリンパ球のサブタイプの解明により,より有効な治療法の発見が期待される.(157)文献1)YamashitaK,SuzukiY,YoshizumiH:Tuberculouspachymeningitisinvolvingtheposteriorfossaandhighcervicalregion.NeurolMedChir34:100-103,19942)MooreAP,RolfeEB,JonesEL:Pachymeningitiscranialishypertrophica.JNeurolNeurosurgPsychiatry48:942944,19853)KashiyamaT,SuzukiA,MizuguchiKetal:Wegener’sgranulomatosiswithmultiplecranialnerveinvolvementsastheinitialclinicalmanifestation.InternMed34:11101113,19954)金田康秀,高井佳子,寺崎浩子ほか:P-ANCA陽性肥厚性硬膜炎に合併した視神経炎の経過.神経眼科23(増補):38,20065)FujimotoM,KiraJ,MuraiHetal:Hypertrophiccranialpachymeningitisassociatedwithmixedconnectivetissuedisease;acomparisonwithidiopathicandinfectiouspachymeningitis.InternMed32:510-512,19936)日野英忠,青戸和子:Reumatoidmeningitis.神経内科42:70-72,19957)西川節,坂本博昭,岸廣成ほか:リュウマチ因子陽性の肥厚性硬膜炎の一例.脳神経48:735-739,19968)MayerSA,YimGK,OnestiSTetal:Biopsy-provenisolatedsarcoidmeningitis.Acasereport.JNeurosurg78:994-996,19939)伊藤恒,仲下まゆみ,松本禎之ほか:Sjogren症候群に合併した肥厚性硬膜炎の1例.神経内科52:117-119,200010)AstromKE,LidholmSO:Extensiveintracraniallesioninacaseoforbitalnon-specificgranulomacombinedwithpolyarteritisnodosa.JClinPathol16:137-143,196311)OlmosPR,FalkoJM,ReaGLetal:Fibrosingpseudotumorofthesellaandparasellarareaproducinghypopituitarismandmultiplecranialnervepalsies.Neurosurgery32:1015-1021,199312)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭ほか:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,2001あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141237 13)ParneyIF,JohnsonES,AllenPBetal:Idiopathiccranialhypertrophicpachymeningitisresponsivetoantituberculoustherapy:acasereport.Neurosurgery41:965-971,199714)RikuS,KatoS:Idiopathichypertrophicpachymeningitis:Neuropathology23:335-344,200315)McKinneyAM,ShortJ,LucatoLetal:Inflammatorymyofibroblastictumoroftheorbitwithassociatedenhancementofthemeningesandmultiplecranialnerves.AmJNeuroradiol27:2217-2220,200616)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichypertrophicpachymeningitis.Neurology62:686-694,200417)BosmanT,SimoninC,LaunayDetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitistreatedbyoralmethotrexate:acasereportandreviewofliterature.RhermatolInt28:713-718,2008***(158)